5 噂と真実
「驚いて、そしてどうしました」
「はい」
ミーヤは一度言葉を切り、はっきりと言った。
「腹が立ちました」
「え?」
「戻っていたのに、私たちに黙ったまま、他人としてずっと過ごしていたのかと思うと、とても腹が立ちました」
「あ、私もです」
ミーヤの言葉に重ねるように急いでリルも言う。
「腹が立った」
そう繰り返してマユリアがクスクスと笑った。
「そう、そうですか。分かります。わたくしも少しばかり同じように感じていたかも知れません」
「え、マユリアもですか!」
「ええ」
リルの問いにマユリアが頬をゆるめて言う。
「わたくしたちはみな、トーヤがどうしているのかをずっと気にかけていましたよね。ミーヤやリル、ダルとも何度もそんな話をしたものです。ですから、驚くと同時にどうして戻っているのなら言ってくれなかったのか、そう思いましたのでよく分かります」
マユリアがそう言ってくれたことにミーヤはホッとした。
「はい。ですから戸惑って腹が立っているうちに行ってしまった、そんな感じでした」
「なるほど、よく分かりました」
嘘は言っていない。あの時、ベルとの勘違いもからんでだが、まさにそのような状態のままあの部屋から出たのだ。その時のことを話すことで嘘はつかず、正直な気持ちを話せたと思う。
「つまりトーヤは誰にも何も言わず、エリス様の護衛の一人としてこの宮に戻っていた、そういうことですね」
「はい」
「はい」
「はい」
3人が口を揃えてそう答える。
これも嘘ではない。トーヤが正体を明かすまでしばらく時間があった。
「トーヤがなぜそのようなことをしたかは、本人に聞いてみるしかないでしょう。ルギ、やはりエリス様御一行を早く見つけてもらうしかないと思います」
「はい」
「ミーヤたちはトーヤが戻っていたことを知らなかったのですから、ここまででいいでしょう」
「お待ち下さい」
もう一度セルマが口を開いた。
「なんですかセルマ」
今度はセルマが勝手にミーヤたちに質問をしたのではなく、マユリアに声をかけたのでキリエも止めなかった。
「まだ話は終わっておりません」
「え?」
「そこにおりますミーヤという侍女、八年前からトーヤというその男と通じていた疑いがございます」
「なんですって」
「はい」
セルマがミーヤをジロリと
「大変申し上げにくいことですが、八年前、すでにそのような話は出ておりました」
「そのような話とは」
「はい。この者は託宣の客人と通じている、情を交わしていると」
部屋の中がザワリと動いた。
「そのため、この度も知っていて引き入れたのに違いありません」
マユリアが憂いを帯びた目をセルマに向けた。
「セルマ」
「はい」
「今、おまえは大変な言葉を口にしているのですよ。分かっていますか」
「はい」
セルマは迷いのない目をマユリアに向けた。
「わたくしだとてそのようなことを口にしたくはありません。ですが、さきほどの言葉を聞き、当時耳にしていたあの噂は本当であったのだ、そう確信を持ちました」
「噂とはどのようなものです」
マユリアが固い表情で尋ねる。
「あの託宣の客人という者はならず者である。託宣があればこそこうして宮に置いてはいるが、何をするか分からない。それで、マユリアが宮の平穏のため、慰めのためにあの侍女を与えているのだと」
「な……」
マユリアが思わずガタリと音を立てて立ち上がった。
「なんということを……」
そう言うと、そのままストンと座ってしまい、ため息を一つつき両手で顔を覆ってため息とともに、
「情けないことを聞きました……」
そう言って黙り込んだ。
「はい、とても情けない噂です。わたくしは当時、そのような言葉を耳にした時には、話している者たちに注意を与えました。マユリアがそのようなことをするはずがないと」
「セルマ……」
マユリアが救われたような顔でセルマを見た。
「ですが」
セルマはマユリアを真っ直ぐに見て続ける。
「マユリアにそのおつもりがなくとも、この者が、侍女ミーヤが勝手にあの男、トーヤに好意を持つことはありえるのだと、今はそう思っております」
マユリアは言葉もなくセルマの顔を見続けている。
セルマはマユリアからゆっくりとミーヤに視線を移した。
「おまえは」
セルマの視線がまっすぐにミーヤの目を見つめる。
「あのならず者に好意を抱いている。そして言われるままにこの宮に引き入れ、キリエ殿を害する手助けをした、そうでしょう」
「いいえ!」
ミーヤは大きな声で否定する。
「そんなことはしておりません! 私はキリエ様を敬愛しております、その私がどうしてキリエ様を害する手助けなどをするでしょう!」
「あの男ゆえ、です」
セルマがゆっくりと続ける。
「おまえはあの男に好意を抱いている、そうでしょう」
「それは……」
否定はできなかった。
ミーヤの心の奥にはずっとトーヤがいる。たとえ嘘を禁じられている侍女ではなくとも、自分の気持ちに嘘をつくことはミーヤにはできなかった。
「どうです、違わないでしょう。答えなさい」
セルマが答えに詰まるミーヤに迫る。
「私は」
ミーヤは正面からセルマをしっかり見つめて言った。
「トーヤを、大事な人だと思っております」
それがミーヤのたった一つの真実であった。
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