4 証言と沈黙
今まで見たことがないキリエの剣幕に、セルマが一瞬息を止めた。
「下がりなさい」
キリエがもう一度、今度はいつものように感情を感じさせない、抑揚を交えぬ口調でそう命じた。
不思議なことに、さきほどの激昂と言っていい口調より、今度の平坦な口調にセルマがたじろいだ。
「わたくしは」
やっとのようにそれでも対抗するようにセルマが続ける。
「マユリアが平等に、わたくしにしたようにこの者たちにも尋問をしてくれればそれでいいのです」
そうとだけ言って口を閉じた。
「もちろんです」
マユリアもいつもと変わらぬ様子で続ける。
「ただ、勘違いはしないように。わたくしはおまえにも『質問』はしても『尋問』はしていませんよ。おまえがどう感じたのかは分かりません。ですがそうだと分かってほしいと思います」
「…………」
セルマは答えず、黙って一つだけ頭を下げた。
「では続けます。エリス様たちが姿を消した時のことについては、衛士たちと侍女たちの見解はほぼ同じである、違いありませんね」
「はい」
ルギがやはりいつものように返事をする。
「それで、その後、一行はどのようにして姿を消したのです。トーヤとアランが正面から出て行ったことは聞きましたが、エリス様とベルは?」
「私はトーヤによって失神させられておりましたので、お二人については見ておりません」
「私もベルの顔を見て気を失いましたのでその後のことは」
ダルとアーダがそう証言する。
「そうでしたね、リルとミーヤはどうですか」
「はい、私もダルが倒されるのを見たところで気を失いました」
リルは本当は気を失ってなどおらず、エリス様ことシャンタルとベルが窓から逃げて行ったのは見ているが、同じく意識がなかったことにしているのでそう証言するしかない。
「ミーヤはどうです?」
「あ、はい」
話の流れから一番最後に意識を失ったのはミーヤである。見ていても不思議ではない。
「窓から出て行ったのではないかと思います」
「窓からですか」
なんとなくマユリアが愉快そうに聞き返す。
「はい。しっかり見てはおりませんが、そちらの方へ向かってお二人が走って行ったのが目の端に見えた気がします」
嘘ではない。
ミーヤは一行の正体を知ってはいるが、目の前で起こった出来事に呆然としていて、そしてトーヤが近づいてきて手をつかんだことで二人の行方をしっかり見てはいなかったのだ。
「そしてアランに気を失わされた、そうですね」
「はい」
「その時、トーヤはどうしていましたか?」
「はい」
ミーヤはどう言っていいものかと考える。
『あんたは、セルマに目をつけられてる。このままここに残ってても厳しく詮議されるだけだと思う。一緒に来てくれ』
そう言って手を握られた。
あの時、ミーヤの目にはトーヤの顔がいっぱいになっていた。
一緒に行きたいと思った。
このまま共に逃げてしまえばずっと一緒にいられる。
そう思ったのだ。
だが……
『私はこの宮の侍女です。私には私の生きる道があるのです。一緒には行きません』
その思いを振り切ってそう言った。
「ミーヤ?」
「あ、はい」
ミーヤは現実に戻ってゆっくりと答えた。
「トーヤは、私の気を失わせることを
「躊躇ですか」
「はい。それでアランが私に後ろからすみませんと謝った後、私もみなと同じように気を失いました」
「そうですか」
マユリアがミーヤをじっと見た後で、ダルとリルにも視線を向けた。
「おまえたちはルークがトーヤであると知ってどう思いました」
「あ、はい」
ダルが急いで答える。
「驚きました」
「はい、私もです」
続いてリルもそう答えた。
「ずっとどうしているのか気にはして、ダルやミーヤとも話題には出していましたが、いきなりのことでどう判断していいかも分かりませんでした」
リルが代表したようにそう言う。
「そうですか。ミーヤはどうですか」
一人だけ答えなかったミーヤにも尋ねる。
「私は……」
またミーヤは言葉をなくす。
「どうしました?」
「あ、はい」
ミーヤは少し詰まりながら、それでもゆっくりと正直に、自分が思ったことを答える。
「エリス様御一行が宮に来られた日、私は役目で侍女見習いの者たちと一緒に廊下で御一行とすれ違いました。その時、ルーク、トーヤは包帯を顔一面に巻き、アランに肩を支えられて歩いておりました。その後はあの仮面の姿になっており、全くトーヤだとは気がついておりませんでした。ですから、知った時には本当に驚いて……」
またそこで言葉に詰まる。
「ミーヤ?」
「は、はい」
侍女は、シャンタル宮の侍女は嘘をつくことを許されてはいない。
一切の
だからこそ八年前のあの日、シャンタルの運命についてマユリアやラーラ様は嘘を言えぬ時には沈黙を貫いたのだ。
だが今、ミーヤに沈黙は許されない。
この宮で起きている大事のため、正直にあったことを証言しなくてはならない。
できるだけ真実を、必要なことを、だが本当のことは言わぬように語らねばならない。
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