15 シャンタリオの産業
「では、先代は湖にはいらっしゃらない、そうお認めになったと思っていいのですね?」
「勘違いをしないでください」
マユリアは表情を変えず、静かに続ける。
「ご先代が今どこにいらっしゃるのか、わたくしもこの八年はお会いしておりませんので、どことお答えすることは叶いません。そして今気になっているのは、あなたが先ほどおっしゃった、この国の先に起こるだろうという、不穏な出来事です」
マユリアは一度そこで言葉を切ると、じっとまっすぐに神官長を見つめた。
「なぜそのようなことを思いついたのでしょう? そして今、本当に民はそのようなことを起こそうと思うほどの不安を抱えているのですか? そのあたりのことをお聞きしたいのです」
神官長はマユリアの厳しい言葉に一瞬たじろぎ、そしてクッと歯を噛み締めた。
「いやいや、これは手強い……」
「え?」
「いえ、こちらのことです。申し訳ありません」
神官長はゆるく笑みを浮かべると、座ったままで軽く頭を下げた。
「お答えしたいと思います。まず、なぜそのようなことを思いついたかと申しますと、物の本によります」
「物の本?」
「はい。不肖の身ながら私は、このシャンタルの神域のみならず、遠くアルディナやそれまでにある中の国、またその反対の東の国や、その他の遠くの国、あらゆる場所から集められた、手に入るだけの書物を網羅している、そのような自信がございます」
「そうらしいですね、わたくしもそう聞いております。神官長ほどの博識はこの国にはおらぬ、と」
「おお、ありがとうございます!」
神官長が感激したような表情で深く頭を下げた。
「マユリアにもそのようにお認めいただけるとは、なんという……」
神官長がその先の言葉をとても口にできない、そんな様子で両手で胸を押さえる。
マユリアは黙ってその様子を見ていたが、
「では、その知識から導き出した予測を聞かせてください。
「はい、承知いたしました」
そう冷静に尋ね、神官長も丁寧に答えた。
「まず申し上げなくてはいけないことは、マユリアはこの国が何故、二千年の長きに渡り平和な国であったのかをご存知でしょうか?」
「この国が平和であった理由ですか」
マユリアは意外そうな顔になった。
「それは女神シャンタルのご加護ゆえでしょう。シャンタルがその身をこの人の世に置いてくださり、慈悲の心でお守りくださったからでしょう」
それはマユリアにとっては至極当然なことであった。
「その為にこの宮はあるのです。この国が、この神域が平和であるように。そのために代々のシャンタルがおられ、その身をお守りするために代々の侍女たちがいるのです」
神官長はふっと軽く微笑んだ。
「もちろんでございます。シャンタルのご加護ゆえ。もちろんその通り。ですが、それだけではございません」
「それだけではない?」
「はい」
神官長が
「それはこの国が豊かだからです」
そう言われて、マユリアにも神官長が何を言いたいのかが分かった。
「それはその通りですね」
認めるしかない、シャンタリオは豊かだ。
個人差というものはあれど、国そのものは豊かだった。
「では、何故この国が豊かだったかお分かりでしょうか?」
「それは宝石が豊富に取れるからだと聞いたことがあります」
シャンタリオからは質の良い宝石が豊富に出る。その宝石を他国に売ることで潤っている。
「確かにその通りです。宝石だけではありません、金、銀、銅、その他にも鉱物が豊富に算出されます」
「そうなのですね」
「はい。そしてそれを使用した商品、例えば細工物、宝飾品などを作る技術が向上し、腕のいい職人が増えるとさらにより良い商品が生まれる。ますます他国に求められ、高額で取引をされる。大商会が生まれ、育ち、さらに国を潤わせる」
シャンタリオはほとんど他国との交流ということをしてこなかった国だ。鎖国というまでではないが、最低必要なだけの交流以上のことを求めてはこなかった。
それでも商人達は富を求めて船を出し、神域外の知識や宝物などを持ち込む。そのおかげで国はさらに発展することができる。
「産業が栄えると国も栄えるというわけです」
マユリアは神官長の言葉を黙って聞いている。
確かにその通りだ。
宮が、今のように豊かにいられることの基盤には、産業が栄えているという事実がある。
「ですが、この国の一番の産業は宝石でも宝飾品でもありません。他にあるのです」
「宝石でも宝飾品でもない?」
他に何があっただろうとマユリアは少し考えていたが、
「それ以外の産業……思い浮かびませんが、他に何があると言うのです」
と、神官長に尋ねた。
神官長がゆっくりと笑う。
それこそが神官長が欲しかった言葉だ。
「はい、お教えいたします。それはシャンタルです」
「え?」
「生きた女神がいる、そのことがこの国の一番大きな産業なのです」
意外な言葉にマユリアが動きを止めた。
「なんでしょう、とても失礼な言葉を耳にしている気がします……」
心に思うことが言葉となって素直に流れ出た。
「はい、そうお思いになっても仕方がないと思います。ですが事実なのです」
神官長が微笑みながらそう答えた。
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