6 何が幸せか

「けどまあ、八年前も同じようなもんだったからな。あの時、俺はこいつがとっても心を開くなんてことできねえだろうと思った。それで、こいつが沈むのをじっと見てる覚悟を決めたわけだが、同時に万が一のことを考えて黒い棺桶を引き上げる準備もしといた」

「ひどい言い方だなあ」


 なんとも笑えぬ内容に、その沈められるだろうと思われていた本人が、楽しそうに笑いながらそう言う。

 アランとベルはもう慣れっこだが、他の者たちが今でもちょっと困った顔になるのは仕方がないというものだろう。特に、つい最近シャンタルとこうして話すようになったばかり、そして侍女という立場のアーダは、なんとも言えない顔になる。


「だからまあ、今回もマユリアが来てくれる、それを想定して準備するぞ。まずはトイボアってやつとその家族だ。そいつらと一緒に逃がす算段をしとく。そんで、どういうことになってたんだ? もうちょい詳しく説明頼むぜ」

「分かった」


 ディレンがこれまでの経緯を説明する。


 トイボアが妻子に会いたいと連絡を取ったところ、ルギが付き添って会うことになった。


「細君の親父、隊長がマユリアとキリエさんからよろしくと言ったら目をむいててな、あれは多分、なんとか復縁させたいと思ってると俺は見た」


 ディレンの人を見る目は確かだ。


「そら、そういうことにもなるわな。マユリアと侍女頭、それに隊長だもんな」


 トーヤが面白そうにそう言って笑う。


「この国じゃ王様より神様の方が上だって話だからな。そういうことになるんじゃないか、そう思って見てた。おそらく隊長もそう見てただろうさ」

「ってことは、宮の方もそいつをなんとか使ってやろうって腹か?」

「そこまでは分からん。俺にはあの人らの考えてることはとても読み切れんからな」


 キリエとルギのことだ。ディレンにもある程度の推測はできるが、まだまだこの国に内情にまでは詳しくはない、トーヤから聞いたことからそうではないかと考えることができる程度だ。


「そりゃそうだな。隊長はまだしも、キリエさんは手強い」


 トーヤがそう言って少し表情を引き締めた。


 どんな時でも見ようによってはヘラヘラとしているトーヤだが、キリエのことを口にする時だけはこうしてやや硬い表情になる。それがみんなにことの深刻さを伝えている。


「だがまあ、あの人の本心はマユリアに幸せになってもらいたいだ。だから、その点だけは安心できる。ただな、信用できるだけに何をしでかすか分からん、そこが怖い」

「キリエ様……」


 ミーヤがキリエの名を口にし、アーダも目が潤んだ。


「だから、キリエさんにそんなことをさせないためにも、こっちの話をできるだけ詰めておく。まずはトイボア一家をどうやって逃がすかだ。おそらく、嫁さんの実家ってのが、そいつになんとか宮とつながりのある仕事をやらせて、自分らもうまいことやりたい、そう思って必死になってくるだろうな」

「嫁さんが言うには、隊長が手紙を持ってきたってことで、それまで進めてた縁談をちょっと止めてるらしいぞ」

「なんだって?」

「なんでも、貴族じゃないが、それなりに金を持ってる商人の後妻にって話が出てたらしい」


 下流とはいえ貴族の家が、平民に娘を嫁がせる。今回のように「傷がついた娘」の処遇にはあることだ。


「そりゃ一応貴族で、ルギとつながりがありそうだと思ったら、そのぐらいのことするわな」

「そうだな」

「それで嫁さんの意思はどうなんだ?」

「元々、嫁さんは旦那と別れるつもりはなかったらしい。けど、本人は荒れてるし子どももいる。収入はなくなる、どうしていいか疲れ切ってたところを無理やり連れ戻されたらしい」

「ふむ」

「だから、自分も一緒にこの国を出て付いていきたいと言ってたそうだ」


 なんとなく話がつながってきた。


「そんで、トイボアはどう言ってんだ」

「ちょっと困ってたな」

「なんでだ」

「自分はもう船に乗ると決めたが、妻子に自分のわがままでこの国を捨てさせていいのか、そう言ってた」

「なるほど」

「だから、気にするなと言っといた」


 ディレンが続ける。


「細君は細君で自分で決めたことだ。おまえがいいとか悪いとか決めることじゃない。もしもそれが気になるなら、あっち行ってから細君が苦労しないようにがんばってやれってな」


 いかにもディレンらしい言葉に思えた。


「まあ、嫁さんに逃げられて、運命の女を幸せにしてやれなかった俺が言っても説得力はないが、俺の本心だ」

「いいんじゃね」


 トーヤが楽しそうに笑う。


「あんたらしくていいと思うぜ。そんで、はっきりそういう言い方してやる方が、そういうやつには響くような気がするな」

「そうか?」

「ああ。結局、何が幸せかなんか、その本人にしか分からねえからな。その嫁さんがそうしたいってんなら、そうかって聞いてやるしかねえだろう」


 そうしてトイボア一家をどうするかを決めていく。


「あんまり早く隠しても探し出される可能性がある。ギリギリまで嫁さんの親父の言うこと聞くふりしておいて、トイボアもその気になってるように見せておくしかないな。そんで頃合いを見てカースに隠す」


 そういうことになった。

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