5 二十一日後
「交代の日は今日より21日後」
神殿から正式にそう発表があった。
「21日後かあ」
トーヤは八年前のことを思い出していた。マユリアからシャンタルを沈めると聞いたあの日からも、交代の日までが21日だった。同じ数字になんとなくあの時の気持ちがかぶる。
『じゃあその日が期限だ。最後の最後まで待ってやるよ。そうだなあ……棺桶が沈んでおまえが完全に息絶えるまで、だ。それまでに俺に助けてって言ってみろ。もしも言えたら、それこそ湖の底に沈んでいたとしても飛び込んで助けに行ってやるよ』
思い出しながら、あの日にそう言い放った相手を目で探していた。当時、人形のように反応をしなかったその相手は、トーヤが言いたいことが分かったように、チラリと視線をトーヤに向けると、すぐに知らぬ顔をした。何も考えていないように見えるのは相変わらずだな、トーヤはそう思って軽く苦笑する。
今日は部屋にトーヤたち4人と侍女2人、それからハリオとディレンとダルが揃っている。
「それで、結局具体的にはどうするつもりなんだ」
ディレンがトーヤに聞いた。この部屋でこうやって話をするのは久しぶりだ。
「わかんね」
「おい」
「いや、だってな、実際のところ何がどうなるか、誰にも分かんねえんだよ」
「それはまあそうだ。けど、一応おまえがリーダーだからな。おまえがどうしたい、こうしたいってのぐらいないと、みんなもますます動けねえだろうが」
「はあーおっさんが帰った途端に説教かよ、ろくなこたねえな」
トーヤは口ではそう言うが、なんとなくどこか安心したような顔をしているとミーヤは思った。
「だけどそうだな、できることが分からなくても、やりたいことなら分かるか」
「あるんなら言ってみろ」
「るせえな、分かったよ」
ベルも、やっぱりトーヤのこんな顔はディレンにしか見せない顔だと思う。
「マユリアは王様との婚儀ってのを受け入れたみたいだが、俺はそれは、八年前の後宮行きと同じだと思いたい」
あの時、マユリアは前王からの後宮入をあっさりと受け入れた。
「それは、下手にもめるより、そうして安心させておいて、その間にシャンタルを湖に沈める算段をつけるつもりだった。だから今も、本心ではそんなことは望んでないと思いたい」
それは誰もが同じ思いだった。みんながトーヤの言葉に頷く。
「けどな、それはあくまでこっちの希望だ、マユリアの本当の気持ちは分からねえ。そもそも、なんでそんなことを受ける気になったのかも分からん。多分、キリエさんあたりはそのへんをよく知ってんじゃねえかな。だけど、俺らには話してくれてねえ。それは多分、なんか事情はあるんだが、俺らにはそれを知らずに動け、そういうことだと、これもまた俺は勝手にそう解釈している」
トーヤたちは神官長がマユリアにどんなことを言ったか、ルギやキリエにどんなことを言ったかをほとんど知ることはない。
『沈黙を』
ただ、キリエはミーヤにそう言った。
「それはおそらく、話せないことがある、そういうことだ。八年前もそうだったが、ほんっとーに隠し事とか下手なんだよなあ」
トーヤがはあっとため息をつく。
「けど、それはつまり、こっちの判断が間違ってない、そういうことだと俺は思ってる。だから断言する。何がどうなってるか分からんが、キリエさんもマユリアを助け出してほしい、そう思ってるってな」
これも誰もが同じ思いだった。
「だからな、八年前と同じだ、また女神様を
「大変ですね」
ミーヤがため息をついてそう言った。
「あんたは八年前にも参加してるもんな」
「参加って、まるで楽しい催事のように」
「そうだな、そのぐらいに思ってた方が気が楽かもな」
トーヤが楽しそうにそう言い、ミーヤがムッとしたようにトーヤを睨んだ。
「まあ、そう怒るなって。ただな、これも俺の勝手な推測だが、キリエさんがそうして俺らに何も伝えてこねえってことは、マユリアは本心では望んでないにしても、自分の意思でそう決めたってこった。その気持ちを覆すってのは、こりゃあ骨だと思う」
「そうかも知れません……」
今度はアーダが小さな声でそう言った。
「ずっと、民のことだけをお考えの方です。おそらく、最後のシャンタルのことをお知りになり、そう決断なさったのではないでしょうか」
「多分そうでしょうね」
アーダの言葉にアランが答えた。
「じゃあ、民のためにそれはやめた方がいい、そう判断したらやめてくれるんじゃないですか?」
ハリオが手を上げてそう発言する。
「かも知れねえ。ただ、その民のためになること、ってのを探すのが厄介だな」
「それに期限があるだろ」
アランが言う。
「交代が21日後、婚儀はその前日の20日後だ。それまでにマユリアの気持ちを変えさせる何かを見つけないとな」
「ああ、そうだな」
トーヤがアランの言葉にため息をつき、
「全く、20日って時間はそう考えるとめちゃくちゃ短く感じるってもんだ」
と言った。
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