13 折れた天秤

 トーヤは見えない何かを見ながらふうっとため息をついた。

 気を抜けば吹き出しそうになる何かを抑え込むために、そうして体の力を抜いたのだ。


「あ〜、でもまあ、あんま、知りたくはなかったよなあ。わざわざ教えてほしくはなかったかな、そういうのはよ……」


 自分でも自覚はある。自分はルークに、いや、その他の人間にも、そう思われても仕方がない生まれ育ちをしている。


「だけど、だけどな、それでも死んでいい人間だとは、自分では思っちゃいねえからなあ」


 そう言いながらさらにガリガリと頭をかいた。


「そんでも、人間誰だってそういうのあるんじゃねえの? 俺だって心の中だけじゃなく、実際に口に出して誰かを馬鹿にしたことなんかいっぱいある。そんだけで命取られるようなことだったのか?」


 トーヤは素直にそう口にする。


『もしも』


 光が続ける。


『あの瞬間、ルークの心の中にあったのが、家族を思う気持ち、生き残りたい気持ち、それだけであったなら、あなたと共に生きて流れ着いたのかも知れません』


「え?」


 思わぬ言葉であった。


「なんだよそれ? 一緒に生きて流れ着いた? 最後の一人を選ぶために天秤にかける、なんてことしたってんじゃねえのかよ!」


『違います』


「だったらなんのためだよ!」


 トーヤは見えない床を踏みしめ、ドン! と足音を立てて立ち上がった。

 押さえていた感情の発露はつろをそこに見出みいだしたかのように。


「俺とルーク、どっちかが最後の一人になるため、生き残るためじゃなかったとしたら、一体なんのために天秤にかけた!?」


『もしも』


 光が悲しげに震えた。


『あの時、ルークが家族のことを思うだけであったなら』


『あなたのことを自分と同じく生きるべき人だと思ってくれていたのなら』


『そうすれば天秤は釣り合ったまま、両名が助け手としてここにいたのかも知れません』


「おい」


 トーヤが思いついたような皮肉そうな顔で光に聞く。


「そんじゃ、もしも、その時に俺が、俺はルークより生きる価値がある、そう思ってたらどうなったんだ」


『その時は』


 また光が悲しげに震える。


『天秤は折れ、誰もここにはおらぬやも知れません、誰一人ここには戻れなかったということになるのならば』


「つまり、だーれも助け手にはならなかった、その可能性もあったってことか」


『その通りです』


「なんもかんもあんたの思い通り、ってワケでもねえんだな?」


『その通りです』


「そうか」


 トーヤが苦笑する。


「あんたはマユリアやラーラ様と一緒で嘘つけねえんだろ? だから今んとこは信じるよ、それが本当だってな」


 まるで礼を言うように光がまたたいた。


「そんじゃ聞くが、反対に俺が消えてルークが助かってたら? 言っちゃなんだが、あいつには湖に飛び込んで棺桶引き上げるなんて芸当、とてもできっこなかったぞ。何しろ元々お坊ちゃんだからな」」


『その場合はまた違う託宣が生まれていただけ』


「なんだって?」


『千年前の託宣は他の形になっていた』


「おい……」


 またトーヤは混乱する。


「まーたわけわかんねえこと言うよな。千年前の託宣に従って、そんであんなことになったんだろうが」


『それはあなたが助け手になったからです』


「まったくまったく」


 トーヤはため息をつきながら首を振る。


「だからな、俺にも分かるように説明してくれって言ってんだ。その言い方だと託宣の方が助け手に合わせてるみたいじゃねえかよ。まるで順序が逆……」


 そこまで言って言葉を止める。


『思い出しましたか』


「ああ、思い出したくなかったけどな……」


 あった、そういうことが。


「溺れる夢……」


『そうです」


「ってことは、やっぱりあれは、溺れた後であいつが俺に送ってきた、ってことになるんだな?」


『存在するのは今だけ』


「は?」


『過去のあなたも未来のあなたも夢と同じ、存在するのは今のあなただけ』


「はあ?」


『今ここにないものはすべて夢』


「はああ?」


『今日はここまでにいたしましょう』


「え! お、おい!」


 そう宣言された次の瞬間、トーヤは前と同じく御祭神の前に一人で立っていた。


「なんだってんだよ……」

 

 部屋の外に届くとは思わないが、声を抑えてそうつぶやいた。


 そうして前と同じく部屋を出て、少し離れた場所で待機している神官たちに頭を下げた。

 二人の神官が頭を下げ、そばに来る。


「もうよろしいのですか?」

「はい、ありがとうございます」


 トーヤはマントに隠すように小さい声でそう礼を言い、


「あの」

「はい、なんでしょう」

「私は、どのぐらいの間、あの部屋におりましたでしょうか?」


 そう尋ねた。


「そうですねえ……」


 二人の神官が顔を見合わせ、


「半時にも満たぬほど、でしょうか」

「昨日はいかがでしたでしょう」

「やはり同じぐらいかと」

「さようですか……」

「あの、何か?」

「いえ、物思いにふけっておりましたので、長い時間そうしてお待たせしたのではないかと」

「ああ」


 神官は、お父上が待っている自分たちに気を遣ってそう尋ねたのだと判断したようだ。


「いえ、私どものことはお気遣いなく」


 丁寧にそう言って頭を下げた。

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