2 狙われた人

 トーヤの言葉に室内にいた全員が無言になる。


 確かに今回のことは千年前の託宣とつながってはいる。だが、その頃からそんなに複雑にからみあっているとは思ったこともなかった。


「もしもその託宣が無視されて木が植えられず、植えたとしても神様の木だなんて思わずほったらかして木が途中で枯ちまったり、でかくなって邪魔だって切り倒されてたりしたら山崩れに飲み込まれて、ミーヤのおじいさんは子どものうちに命を落としていたかも知れん」

「そうなったらつまり、ミーヤさんはこの世に生まれてない可能性があったってことだな」

「そういうことだ」


 トーヤの言葉をアランが引き継ぎ、それがどういうことかをあらためて思う。


「それってさ」


 ベルがおそるおそるのように兄の後に言葉を続け始めた。


「ミーヤさんがこいつの心を開いたり、トーヤに力を貸すようになるって見てて、それを邪魔するために誰かがやったって言ってるんだよな?」

「そうだね、ミーヤを狙ってのことだったってことになるのかも」


 ベルの言葉に「こいつ」である神様のシャンタルもそう答える。


「そういうこった。おまえが思ってたってことでそのことがはっきりした」


 トーヤがベルを安心させるかのように、少し表情を緩ませてそう言った。


「おれ、そんなつもりで言ったんじゃねえのに……」

「そのへんがおまえの才能ってことかもな」


 トーヤが笑いながらベルの頭をくしゃっとつかむ。


「けど、それでやっぱりそうかと思えたな。マユリアの中の女神マユリア、それが真犯人だ」


 トーヤがベルの頭をつかんだまま、真剣な顔に戻った。


「なんでなんだよ、なんでマユリアの中のマユリアがそんなこと……」


 ベルが頭をつかまれたまま、それでもトーヤの視線を受け止めたくはないように視線をそらせてそう聞く。やはりマユリアがそんなことをするなど信じたくはないのだ。


「あのな、そんだけのでっかいことやれる人間がいるか? そういうことやれるのはやっぱり神様だけってことだよ。シャンタルをどうにかするために、そのために邪魔なミーヤがそんな昔から狙われてた。それが分かったからそう言い切れる」


 トーヤはベルの頭から手を離し、ミーヤに視線を移してじっと見た。


「あんたが生まれてきてくれて、そして今ここにいる。そのためにあの光はその木を植えてくれた。それが真実なんだと思う」


 ミーヤは困った顔をして黙ってトーヤを見つめるだけだ。


「俺は断言するぞ。今度のことの本ボシはマユリアの中にいる女神マユリアだ、間違いない。その結果を持ってあの光に会いに行く」


 トーヤがきっぱりとそう言いきった。


「いつものトーヤの勘か?」


 ベルがよそを向いたまま、気にいらないようにぽつりとそう言った。


「そうだな。そんでおまえの、童子様の勘はどう言ってる」

「言いたくない」

 

 ベルがさらに首をそむけながらそう言った。


「つまりおまえもそう思うってこったな」


 ベルは答えずに横を向いたままだ。


「けどさ」


 やっとのように今まで黙っていたダルが口を開いた。


「会いに行くって言っても思って行けるものじゃないよな」

「そうだな。けど、もう交代はすぐ目の前まで来てる。なんとか会いに行くしかない」

「ダルさんちの家族にリルさんちにすぐにでも行ってもらうってことか?」


 アランが2人会話に続く。


「そうしたいのはやまやまだが、そうして来てもらったもんのだめでしたってなると後がないからな」

「そうだよな」

「おそらく、もうちょい何かが足りない。たとえば、じゃあその女神マユリアがなんでそうなったか、とかな。そのためにこれが役に立ってくれる気がする」

 

 トーヤはダルが預かってきたリルの覚書をテーブルから取り上げた。


「単に話をしてただけじゃあ、見逃したり流してることも多いと思う。リルはそういうことを全部こうして書いてくれた。あのな」


 トーヤがミーヤに声をかける。


「なんでしょう……」


 ミーヤが小さく返事をした。


 思いもかけない真実を知ってしまい身の置き所がない、そんな表情だった。


「なんて顔してんだよ」


 トーヤが笑いながらそう言うと、少しだけいつもの表情に戻り、少しだけいつものムッとした口調で続ける。


「ですが、あんなことを聞かされて普通の顔をしてなんていられませんよ」

「なんでだよ」

「私のようにつまらないただの侍女に、そんな大きなことがあったなんて、とても信じることができません」

「そんなこともないだろ」


 トーヤがさらにこともなげに言うと、ミーヤは今度は今にも泣き出しそうな表情になる。


「ちょ、待てって! 泣くなよな? これはダルやリルにも起こってることかも知れねえんだぜ?」

「ひえっ、俺?」


 ダルの素っ頓狂な声にトーヤが声を上げて笑った。


「そうだ。ダルだってシャンタルを助けるのにいっぱい手を貸してるだろうが」

「いや、でもそんな話聞いたことねえしなあ。って、木の話ってのが今でも分かんねえんだけど」

「不思議でもなんでもないですよ」


 アランが師匠の言葉を引きとる。


「今回の話はたまたま分かっただけのことで、今まであった託宣のどれかがダルさんやリルさんの運命に関わってる、その可能性もあるってことですよ」

「さすがアラン」


 トーヤがいつもの言葉を口にした。

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