14 遠ざけられた者
シャンタル宮の中はてんてこ舞いの状態が続いている。
無理もない。八年前にはあのような信じられない出来事のために、マユリアが二期目の任期を務めることになった。その後、国王と皇太子が不仲が原因と言われる国王の譲位となり、さらにマユリアが女神として国王と婚姻して王家の者となるという。前代未聞、誰も経験したことがない出来事の連続だ。
「交代の前日の予定はこれでいいのでしょうか」
「それと、こちらの用意なんですが」
「ああ、それは神殿に聞いてくれるかしら」
侍女たちはいつもの仕事以外にも、この先二度とないだろうマユリアの婚姻のための準備に走り回る。
その中でエリス様のお世話係と月虹兵付きというミーヤとアーダだけは、ほとんどの婚姻関係の担当から外され、その騒ぎから取り残された形となっている。
ミーヤには他にも「取次役」の役目もあるが、そちらも今ではすっかり役目に慣れてすんなりと連絡事項だけを聞くだけのこと。一日に一回、フウとセルマと顔を合わせて連絡事項を確認し合うが、その後はそれぞれ持ち場に移動して、ほぼそれだけの関わりだ。フウは何をやっているか分からないが、セルマはごく普通に奥宮での職務を他の侍女たちと受け持っているようだとだけは分かっているが。
侍女の控え部屋で同僚に会った時、
「ミーヤはいいわね、特別なお役目があるから。もう本当に大変よ、一日が終わるとぐったりだわ」
と、愚痴られたのだが、キリエから
ミーヤとアーダだけはマユリアのご婚姻や、その他の事情を知らせないためにあえて遠ざけているように思えるが、おそらくはキリエの考えであろう。キリエはアーダが深い事情を知っているとは知らないだろうが、もしもアーダの耳に入ったら、そこからミーヤやアラン、ダルたちにも知られる可能性があると思いアーダもを関わらせないようにしているのだろう。
「そうまでして隠したいことがあるってことかな?」
まずはベルが素直にそう疑問を口にする。
「大体どのようなことが行われるかは聞いてはいます」
ミーヤは今、奥宮で行われていることで知ることを伝える。マユリアのご婚姻衣装が仕上がったこと。前日に神殿でご婚姻の儀が執り行われること。式次第はもう決まっており、国王陛下もいたくご満足なさっているらしいこと。それだけだ。
「そんなことしか私の耳には入ってきていません」
「私はミーヤ様よりもっと聞こえることは少ないです。前の宮の者ですし」
アーダはシャンタルにお茶会に招待されたことはあるが、確かにいまだその身分は「前の宮の者」でしかない。ミーヤは奥宮への出入りを許されてはいるが、今はほぼ足を向けるようなことはない。自室より奥には行くこともない。
「フウさんになんか聞けないのか?」
「フウ様は、その、そういうことには興味のない方ですので、朝、取次役の用事を済ませてしまわれたら、そのまま温室に行ってしまわれて」
トーヤは困ったようなミーヤの言葉を聞いて思わず吹き出す。
「そりゃまそうだな、フウさんだもんな」
「いや、そうでもないんじゃないか」
笑っているトーヤにアランが冷静にそう言った。
「あの人はただものじゃないってトーヤも言ってただろ、何かの情報は手にしてると思うぞ」
「そうか」
なるほど、言われてみればその通りだ。
「もっとも、逆に考えると、あの人が何も言ってこないってことは、特にこっちに伝えることはないってことにも思えるけどな」
「そうだな」
アランの言うことはどこまでも最もに思えた。
「それよりトーヤ、この間キリエさんに会いに行ってちゃんとあのこと言ってきたんだよな、今のマユリアは違うマユリアだって」
「ああ、多分伝わってると思う」
「多分って、たよんねえなあ……」
ベルがいつもの言葉と一緒にため息をついた。
「そこからルギにいってもらわねえと、意味ねえだろ」
「だけど、確かめる方法もねえしな。まああの二人のことを信用するしかない。多分伝わってるって思うしかな」
「そういや、今のマユリアがこの部屋に手出ししてこねえのは、あの光が結界ってのを張ってくれてるから、そのおかげかな」
「多分な」
「トーヤがキリエさんのとこに行って、無事帰ってきたのもそれかな」
「多分な」
「そんだけいっぱい力使ってさ、開放ってのできんのかな」
「多分な」
「もう! 多分な、ばっかじゃん! しっかり考えてくれよ!」
どの質問にもそんな感じなのでベルがお冠になるが、トーヤにだって「多分」としか言いようがない。もう連絡を取ることもできない今は、あの光がそうしてくれているのだろうと考えるしかできない。
あの空間からこちらに戻ってきても、あの不思議な石は今もトーヤの胸元に入っていて、不思議な光を帯びたままだ。
もしかしたら、まだ何かの役割があって手元に残っているのかも知れない。
(ということは、きっとまたつなぎを取ってくる)
そんな予感はあるが、何も動きがない今は「多分」としか言いようがないのだ。
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