21 国王証書
国王がマユリアの宮殿を建てることが決まった。
「宮殿が完成するまで、マユリアには客殿にご滞在いただきましょう。ご希望ならご両親も共にご滞在いただけますし」
「ご両親?」
国王が神官長の言葉に眉を寄せる。てっきりマユリアの両親はすでにこの世の人ではないと思いこんでしまっていたからだ。
「ええ、まだご両親はどのようなお方か、ご健在でおられるのかもお知らせすることはかないません。ですから、どちらにしてもマユリアがその宮殿にご滞在なさりたい、そう思われるが肝要かと」
国王は神官長の言葉に考え込む。神官長はマユリアの両親について知っているが言うことはできない。確かにどちらになってもいいように動いておく必要はあるだろう。
「宮殿を建てるのはいい。だがどこにどんな物を建てればよいのだ」
「はい、神殿の王宮寄りに敷地がございます。あそこではいかがでしょう」
「あそこか」
奥宮の東側、前の宮の北側に隠れるように神殿はある。そのさらに東側、王宮側に確かにそこそこ広い敷地はある。
「だが、あそこではあまりに、その、影過ぎはしないか?」
国王としては精一杯神殿に気を遣ってこのような言い方になったが、文字通り神殿はシャンタル宮の影に隠れるように存在している。建物の位置だけではなく、全てにおいて宮の影のような存在に甘んじ続けていた。
「そうですね、影過ぎますでしょうか。ですが、それこそまさに隠れ屋のようでよろしいのではないですかな。マユリアは奥ゆかしいお人柄、本来ならば人に戻り、人の世に戻る方が晴れがましい表を好まれるとは思えません。それよりはひっそりとお静かにお過ごしいただける方がお心安いかと」
神官長は国王の言葉を軽く笑って流すとそう続けた。
「それに、永遠にそこにお留まりいただくわけでもございません。さようではありませんか?」
「ふむ」
国王はこの一言でなるほどと納得する。そうだ、いつまでもその影の部分に置きはしない。事が落ち着き、マユリアの心も定まれば、皇妃として王宮に移ってもらう。影から明るい場所に出た時、その明るさに一層喜びも大きくなるだろう。そうなればその宮殿は、文字通り二人の隠れ屋にしてもよいのだ。
「なるほど、それもそうだな。あくまでも仮の宿り。ならばいっそその方が落ち着いた生活を送れるかも知れぬな」
「はい、さようではないかと」
「では、できるだけ早く事を進めてくれ。金に糸目はつけぬ」
「ありがとうございます」
神官長は事が自分の望み通りに進んだことに満足して笑顔を浮かべ、深くおじぎをして感謝の意を伝える。
「マユリアへのお話は私にお任せください。必ず良きようにお運びいたします」
「うむ」
「それからもう一つ。このお話は交代が終わるまでは公にはなさらず、伏せておかれた方がよろしいかと存じます」
「なぜだ」
国王としてはマユリアが
「はい。なぜなら交代があるからでございます」
「交代があってはなぜだめなのだ」
「シャンタルの交代はこの国、この世界にとっても最も重要な儀式でございます。ですから何よりもそれを一番に考えなくてはいけません」
「それはそうか……」
神官長の言い分に国王も納得する。仮にもシャンタリオ国王としては、そのことを一番に考えなければならない。
「はい。ですから、そのような時期に国王がマユリアのために宮殿をお建てになる、そのようなことが表に出てしまえば、交代を、シャンタルを軽んじる行動と受け止められ兼ねません。マユリアもよしとはなさらないでしょう。ですから、表に出すのはご婚儀も交代も無事に終わり、マユリアに客殿にお移りいただいてからになさっての方がよろしいかと」
「なるほど」
ますます神官長の言う通りだ。
「ただ、そのことに向かって準備は進めておいた方がよいかと思います。前もって新しい宮殿の建築をお命じになる国王証書だけをお作りになり、交代を終えた後で発表なさいませ。交代というめでたい行事の後にまた新しくおめでたい発表、民も喜び、きっとマユリアも陛下に対するお気持ちを確かになさいましょう」
国王は神官長の話に満足し、その通りにことを運ぶように命ずると、上機嫌で書類を作成させた。
「確かに
「うむ、後のことは任せる」
「はい、ありがたき幸せ」
こうして神官長は婚姻誓約書に続いて二通目の大事な書類を国王から預かることになった。
「マユリアへの説明は私にお任せください。マユリアが王家の方になられたこと、そのために必要なことであることなどをきちんとお話しさせていただきます」
「うむ、任せる」
国王は神官長の言葉に満足したようで、にこやかに部屋から送り出した。そしてその後、マユリアが宮殿の建設を受け入れたこと、だが国の最も大事な交代の儀式が終わるまではそのことは公にしないことなどにも納得したと連絡があり、国王はいたく満足することになった。
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