13 青い小鳥と青い香炉

「ミーヤ様」

 

 それまでは黙って聞くばかりだったアーダが声をかけてきた。


「私は、トーヤ様とうかがうと、やはりあの話を思い出します」

「あの話?」

「ええ、あの青い小鳥の」

「ああ」


 以前、ベルがミーヤに、


「青い小鳥に、フェイに会ってみたい」


 そう言いだして会わせてもらったことがある。それでやはりトーヤにも会わせてやりたいとなったのだが、当時、トーヤは顔を隠して「ルーク」と名乗っていたため、何の関わりもない「ルーク」に会わせるというのも変な話であった。


 すると、


『フェイを、トーヤだけじゃなく、ダルにもリルにもディレンにもそれからアーダにも会わせてあげればいいと思うよ』


 とシャンタルが思いつき、その時にアーダも一緒に会ったことがあるのだ。


『そのトーヤ様という方は、本当にお優しい方なのでしょうね』


 青い小鳥の所以ゆえんを聞いて、アーダはそう言っていた。


「ええ、そうでしたね」

「青い小鳥って?」


 今度はハリオが聞いてきたので、軽くまとめて話をする。


「そんなことが……」


 ハリオがフェイの人生を思って少しばかり涙ぐみ、


「トーヤさん、本当にその子を大事にしてたんですねえ。俺も会ってみたいな」


 と言ったものの、


「あ、いや、ガラスだし、大事な子なんですよね、いや、ごめんなさい、いいですいいです」


 すぐにそう思い直した。


 セルマもそうだったが、あの青い小鳥、フェイになった青い小鳥のことを、ハリオもただのガラス細工、命のない物ではなく、大事な子として扱ってくれた。ミーヤはそのことがすごくうれしかった。


「ありがとうございます」


 ミーヤはハリオに丁寧に頭を下げた。


「実は、今、ここにおります」

「え?」


 ミーヤの私物が戻り、「アベルの青い小鳥」をリルに返した時、こちらの青い小鳥を部屋に置こうと言ったらセルマはそれを断った。


『この子はあなたの大事な子なのでしょう? フェイの宝物で、思い出の詰まった大事な子。そんな子をこの部屋にいつまでも置いていてはだめです。あなたの大事な場所に戻してやって』


 そう言ってくれたのだ。

 大事な子だから、もしものことがあってはいけない、大事な場所に戻してやって、と。


 ミーヤはその言葉が本当にうれしかった。

 セルマの本当の人となりを知った気がした。

 その気持ちを汲んで部屋の貴重品入れに入れておこうかとも思ったが、なんとなく、もう少しフェイもセルマと共にいたい、守ってあげたいと思っているのではないか、そう思ったので部屋には置かず、そっと大事に隠しに入れて一緒にいることにしたのだ。


 そして今またもう一人、ハリオもこの小鳥をフェイとして扱ってくれた。

 うれしい、本当にうれしかった。きっとフェイはこのことを知っていて、それで会いたくて自分の懐にいるような、そんな気がした。


「きっと、フェイもハリオ様に会いたいと思っているのでしょう、それでここにいるのだと思います」


 ミーヤはきっとそうだと思っていた。




 ダルがリルに「アベルの青い小鳥」を届けに行き、アランたちの部屋でトーヤのことを話題にしながら「フェイの青い小鳥」の話題が出た頃、カースでは村長がある物を持って中央の部屋にみんなを集めていた。


「これは」


 トーヤは一瞬、これが何かは分からなかった。なぜなら、初めて見た当時は箱に入っていて中身を見てはいなかったからだ。


「マユリアからご下賜いただいた香炉じゃ」


 村長が箱から取り出したそれを見て、トーヤとベルが思わず息を飲んだ。シャンタルだけは表情を変えず、内心がどうなのかは分からなかった。


 その香炉は見事な青い香炉であった。


「青い香炉……」


 思わずベルがそうつぶやく。


 もちろん同じ物ではない。アルディナ渡りの、あの炎で変容する香炉とは全く違う。こちらは晴天の空のような、気持ちよく透き通る青い色をしていた。


「まるであの子みたいだ」

 

 続いてまたベルが心の中を口にする。


 「あの子」とは、フェイのお友達、あの青い小鳥のことだ。

 トーヤにも分かった。あの青いガラスのような、暖かな光沢のある青い色を持つ香炉だったからだ。


 村長には「香炉事件」のことは話していない。「ちょっと宮の中がごたついて」と言っただけだ。そしてダルの家族たちもそれ以上のことは聞いてはこなかった。


「あの子?」

 

 ナスタがベルにそう尋ねる。


「えっと、フェイの小鳥です」

「フェイ?」


 ナスタたちはフェイのお友達のことは知らない。


「トーヤがフェイに買ってやって、そんでフェイがお友達って大事にしてた、今はミーヤさんのところにいる青い小鳥のことです」

「なんだいそれは」


 ナスタが今度はトーヤにそう尋ねる。


「あのな、そういうのがあるんだよ。リュセルスでフェイが気にいってずっと見てたんで、そんで、青いリボンの礼に俺が買ってやったガラスの青い小鳥なんだけどな」


 トーヤがなんとなく突き放すように、照れくさそうにそう答えた。


「すんげえかわいい小鳥なんだよ、なっ」

「うん、フェイみたいにかわいい子だよね」

「えっ、フェイを知ってるのかい?」


 ベルに返事をしたシャンタルにナスタが驚くと、


「ええ、知っています。私はフェイに助けられたんです。フェイは私の初めてのお友達なんです」


 シャンタルが懐かしそうにそう答えた。

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