5 神にできること

 なぜそんなことになったのか、それはある侍女が持ってきた話からだった。


「ということで、もしもミーヤにトーヤから連絡があったらキリエ様に報告に来るように、とのことでした」


 フウだ。毎朝の連絡の時、キリエからトーヤが戻ったらすぐに連絡をするようにと言われたのだ。


「さて、どういたしましょうかね、ボス」

「どうって、なあ……」


 これは一体どういう暗号だ。トーヤはアランと顔を見合わせた。


「わざわざ顔を出せってのは、交代より前に戻ると仮定してるってことじゃねえか?」

「そうだな」


 アランの言葉にトーヤもうなずく。


「戻るってか、戻ってこいみたいだ」


 ベルがぼそっとそう言い、またトーヤはアランと顔を見合わせる。


「なるほど、それだな」

「つまり、交代前にひっつかまえろってことか」

「それ、キリエさんがフウさんに命令したってこと?」


 ベルが不安そうな顔で聞く。


「いえ、キリエ様はそんなことはおっしゃいませんでしたよ」

「そうだな、むしろ捕まらねえようにしろってことだろ」

「俺もそう思う」


 三人の言葉にベルが一安心という顔になるが、さて、逃げろと言われてもどこへどう逃げたものか。


「とりあえず4人揃ってってのはむずかしそうだ」

「そうだな」

「てか、俺はこの部屋にいていいんだろう?」

「ああ、言われりゃそうか」


 元々この部屋は「エリス様ご一行」がいるはずの部屋である。今はアランしかいないことはキリエたちはもちろん知っているが、あまり関わりのない侍女や下働きの者、神官などには伝えられていないはずだ。


「ってことは、エリス様をどこかに隠さねえといけねえな」

「元々俺というよりシャンタル狙いだろうしな」

「そうだな、シャンタルとベルをどこかに預かってもらうしかねえか」


 アランが言う通り、そこをまず考えることになり、


「シャンタルの部屋で預かってもらえねえかな、お友達」


 と、トーヤがアランにとんでもないことを言い出した。


 お茶会などもあり、シャンタルの部屋には皆が一度は入ったことがあるが、応接間以外はほとんどどうなっているかは分からない。


「何しろ私も自分がいた部分しかよく知らないしね」

「それが一番問題だよなあ。普通はさ、その部屋の持ち主が一番よく知ってるもんだぜ」


 シャンタルの言葉にベルがそう言うが、事情が事情だけに仕方がないとも言える。


「私は侍女部屋と応接、それから他のいくつかの部屋には参りましたが、あの時はそれどころではありませんでしたし……」


 ミーヤもそう言うが、シャンタルを覚醒させるために必死だったのだから、それも仕方がないことだ。


「俺は手紙で少しぐらいなら事情を聞いてるが、全部じゃねえ」

「それでも今の状態が分かるなら、ないよりはましだろう」


 シャンタルの手紙から分かったのは、ミーヤがいたという侍女部屋がラーラ様の部屋になっているということだった。


「ネイやタリアみたいな古株はどうしてんだ。というか、その侍女部屋には元々誰が入ってたんだ?」

「私もそこまでは」

「俺もラーラ様がそこで寝てるとしか聞いてない」

「私も誰がいたかとか全然覚えてないしなあ」

「元々はその日の当番の侍女がそこで待機してましたが、ご先代がお生まれになってからはネイ様、タリア様、そしてラーラ様のお三人の部屋になってたようです」


 奥宮のことはフウが多少は聞いているようだが、それでもその程度だ。


「それが今ではラーラ様一人か」

「ええ、ネイ様とタリア様は自室で過ごしておられると聞いてます」

「そりゃまたなんでだ?」

「シャンタルがマユリアにおなりになるのに、お一人で過ごす練習のために」

「あ、そういうこと手紙に書いてあった」


 アランが手紙の内容を説明した。


「ってことは、シャンタルとラーラ様にだけ話をすればなんとかなりそうだな」

「おい!」


 トーヤの言葉にシャンタルのお友達で文通相手のアランが驚く。


「いくらなんでもあの小さいシャンタルを巻き込むのは俺は反対だ」

「私もです」


 ミーヤもアランに続けてそう言う。


「なんでだ」

「なんでって、そりゃそうだろう」

「あんまりです、あんなにお小さくていらっしゃるのに」

「つまり、小さい以外には、これといってちゃんとした理由はねえってことだよな?」

「ちゃんとした理由って、シャンタルにそんなご負担を強いること、できるはずがありません!」

「理由はねえ、でいいんだよな?」

「シャンタルは神です!」


 アランが黙ってもミーヤだけはあくまで反対の意思を表明する。


「あんたの気持ちは分かる。確かにシャンタルは神様だ、俺もそれは認める。特にこの国ではその存在感ってのは大したもんだ」

「だったら」

「だけどその神様に今、何ができる?」


 トーヤがミーヤの言葉をピシャリと止めた。


「ここで俺らがなんとかしてマユリアを止めねえと、もっとかわいそうなことになんじゃねえのか?」

「それは……」


 ミーヤも言い返す言葉がない。


「小さくても当代も神様だ、神様だからこそできることがある。だから神様にもう一人の神様を預かってもらう」

「私もそれが一番いいと思いますね」


 侍女らしからぬ侍女のフウも感情を排除してそう結論を出し、アランが手紙を書くことになった。

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