13 神であるということ

 ラーラ様が「エリス様」と共に侍女の控室に下がった後、


「シャンタルと同じ寝台で寝るなど、兄が知ったらどれほど叱られることか。床ではあまりに気になるとおっしゃるのでしたら、私はそこのソファで休ませていただきます」


 と、ベルが固辞するのに対してシャンタルが、


「わたくしはベルと一緒に休みたいのに、そんな悲しいことは言わないで」


 とベルの手を取って離さず、それではとベルも共に寝台に上がることになった。


「お友達と一緒に休むのは初めてなのでうれしいわ」

「私もです」

「えっ、ベルも初めてなの? じゃあ、わたくしたち、初めて一緒にお休みしたお友達同士ね、うれしいわ!」


 ベルの言葉に小さなシャンタルは目をキラキラとさせて、喜びいっぱいという表情になる。なんとも無邪気なかわいらしい笑顔に、やはりベルは少しばかり心が痛む。


(このかわいらしい子を騙してるんだもんなあ。ごめんよ)


 そうは思うが、まだベルにはやらなければいけないことがあった。


「あの、シャンタル」

「なあに?」

「兄の手紙にもあったと思うのですが、今回のことはシャンタルとラーラ様だけの秘密でお願いいたします」

「ええ、そういうお話でしたよね」

 

 と言ってから、シャンタルにも少し気になることが浮かんだらしい。


「それは、マユリアやキリエにも言ってはいけないということよね?」

「はい、そうです」


 小さなシャンタルの表情が少し曇った。


 これまではアランからのお願いにワクワクして、未知の出来事に興奮するばかりだったが、ここにきてやっと、「シャンタルとラーラ様だけに」の意味に気がついてしまったようだ。


「それはどうしてなの?」


 素直に疑問を口にする。


「はい、大変申し上げにくいことなのですが、マユリアとキリエ様のお近くに、エリス様に悪いことをなさろうという方が隠れていらっしゃるからです」

「ええっ!」


 シャンタルはベルの言葉に息が止まるほど驚き、その愛らしい黒い瞳をこれ以上は開けないというほど丸く見開いている。


「本当のことなのです。ですから、私たちがそのことを知っていることをその方に知られ、捕まってしまったら、悲しく恐ろしい出来事が起きるでしょう」


 小さなシャンタルは思わぬ話を聞いて言葉も出ない。ただ丸く見開いていた目が少しずつ悲しそうになり、最後にはしっかりつぶってしまった。


「驚かせてしまって申し訳ありません。ですが、本当のことなのです」


 ベルは黙ったままのシャンタルにそう言う。そうだ、本当のことだ。当代マユリアの中にいた女神マユリアが小さなシャンタルの姉であった当代を乗っ取り、主である女神シャンタルの力を奪い、この国とこの世界を自分の物にしようとしているのだから。


「ですから、どうかシャンタルとラーラ様だけの胸に収めていただきたいのです。マユリアとキリエ様にはお知らせにならないようになさってください。お願いです」


 シャンタルはどう答えていいのかしばらく考えていたが、


「もしも、マユリアとキリエがエリス様とベルがここにいると知ったら、どんな悪いことが起こるの?」


 と、素直に疑問を口にした。


「その時は……」


 ベルはあの不思議な空間で目にしたことを思い出し、少し震えながら口にした。


「エリス様のお命は失われ、マユリアもご無事ではおられません。そしてシャンタルと次代様にも災厄が降りかかる可能性がございます」


 シャンタルはその話を聞いて少し考えていたが、


「それ、本当?」


 と聞いてきた。


 無理もない。ずっと温かく守られて生きてきたこの宮の中で、まさかそんな恐ろしいことが起こるなんて想像もできない。


「本当のことです。ですから、絶対にマユリアとキリエ様に知られるわけにはまいりません。それで知られぬために、どれほどの無礼かを知りながら、お二人が思いもしないだろうシャンタルのところにお世話になろうと考えたのです。シャンタルにお守りくださいと押しかけることがどれほどの非礼であるか、それを分かった上での決断なのです。そしてエリス様もその重大さをよくご存知です。だからせめて感謝をお伝えしたいと、お二人にお顔を見ていただくことを決められました」

「そうだったのですね……」


 シャンタルはそれほどの覚悟で顔を見せてくれたエリス様のことを思い出し、納得をしたようだ。


「分かりました、マユリアにもキリエにも、その他の者にも決して言いません。どうやってエリス様とベルを交代の時まで隠すか、それを一緒に考えましょう」

「ありがとうございます」


 ベルは頭を下げながら、心の中で本当に感心する。この小さな少女、まだたった8歳の幼い子が、こんな大きな事を一人で考えて決断してくれた。まだ幼くてもこの方は、やはり神として生まれ、神として育った方なのだ。

 そして隣の部屋にいる、10歳で自らを棺に入れて聖なる湖に沈めよと命じた自分の大切な家族で「ダチ」でもある美しい人のことを思い出す。神として生まれ、神として育てられることの重さを初めて知った気がする。

 

「シャンタル、ありがとうございます。本当に、心から感謝いたします」


 ベルは心の底からの感謝を告げ、何があってもこの子を傷つけることはすまいと、兄と同じ決意をしていた。

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