18 朝の光

 ミーヤはセルマにフェイの話を続けた。

 

 フェイが亡くなった後、トーヤがどれほど嘆き悲しんだかを。

 二人でフェイに会いに行った時にどこかから姿を現した青い小鳥のことを。

 それから何よりも普段のトーヤとフェイのことを。


「それでですね、いつもトーヤは私にお行儀の悪さを叱られていたわけなのですが、そのうちにフェイにも言われるようになってしまったのです」

「フェイにですか、どんな風にです」

「こうしてですね」


 ミーヤは立ち上がると両手を腰に当てて、


「トーヤ様、またそんな座り方をして、ミーヤ様に叱られますよ、って」

「まあ」


 セルマが屈託なくクスクスと笑う。


「するとトーヤがこうして」


 ミーヤが今度は呆れたように両手を開いて肩のあたりまで上げて、


「おいおい、俺の第一夫人はいつから第二夫人の真似をするようになっちまったんだ? ここにはもう俺が安らげる場所はなくなっちまったのかよ、と、そんなことを」

「いつからおまえが第二夫人になったのです」

「それが」


 もう一度ミーヤがベッドに座り直して続ける。


「初めてダルがフェイに会った時、トーヤが俺の第二夫人だと紹介をしたのです。そうしたらダルがじゃあ第一は誰だと言うので、私ではありませんと言いました。その時からフェイが第一夫人となりました」

「おやおや」

「それきり忘れていたんですが、あのトーヤがうっかりお酒を飲んで気を失ってしまった夜、深夜に目を覚まし、ダルと二人で酔い醒ましにと家を抜け出して夜の海を見に行っていたのですが、朝起きたら姿が見えず、ずいぶんと心配をいたしました」

「まあ」

「そして帰ってきた時にフェイがホッとして泣いてしまったので私が怒ったら、トーヤが第二夫人は怖いと言うもので、誰がですかと言ったら、あんたが嫌だといったからフェイが第一になっただろうが、だから第二だ、と」


 思わずセルマが吹き出す。


 そうして話しているうちにすっかり夜が明け、時刻は薄明の頃となってきた。


 セルマがふと気がつく。


「水音が……」

「え?」

「水音があれから聞こえていませんでした」

「よかった」


 ミーヤが心からうれしそうな微笑みを浮かべる。

 セルマはその笑顔を見てやっと、元の敵の顔に戻った。


「昨夜のことは礼を言います」


 セルマがゆっくりと立ち上がり、ミーヤに向かって頭を下げた。


「ですが、やはりおまえはわたくしの敵です。決して心を許したわけではありません」

「はい、それでよろしいかと」


 ミーヤも立ち上がり、次第に明るさを取り戻してきた部屋の中、セルマに正面から向かって続ける。


「ですが、この部屋でご一緒している間はただの同室の、そうですね、同居人、それで構いませんでしょうか?」


 セルマの背後、扉の隙間から微かに差し込む朝の光。

 その光がミーヤの顔を弱く照らす。

 

 まるで衣装と同じあの――


(朝陽が昇る時と同じオレンジ)


 セルマは心の中でそう思った。


「いいでしょう。ここにいる間はわたくしたちの立場は同じです」

「ありがとうございます」

「ですが、ここから出る時には、おまえとわたくしの立場は違います」

「はい、それで結構です。その時まで、どうぞよろしくお願いいたしますセルマ様」


 ミーヤがゆっくりと正式の礼をする。


「こちらこそ」


 セルマはやっとのことでそうとだけ口にすると、ゆっくりとベッドの上に座り直した。


 その時、その日の始まりを告げる鐘が、1つ目の鐘が鳴った。


「ああ、もうすっかり朝になってしまったのですね」


 鐘の音にミーヤがそう言うと、


「2日も続けてよく寝ていないとさすがに少し眠いですね」


 と、セルマが思わぬ言葉で返してくれた。


「ではセルマ様、朝の御膳をいただきましたら、一緒に寝てしまいましょう」

「朝からですか!」


 セルマが驚くと、


「はい。今はセルマ様も私も特にやらねばならぬこともございません。何かで呼ばれるまでは寝ていても構わないと思います」

「おまえは」


 セルマがなんとなく苦笑混じりに言う。


「これで何回目でしょう、わたくしに寝ろ寝ろと言うのは」

「あ、そうでした」


 ミーヤが楽しそうにクスクスと笑い、セルマも釣られて小さく笑う。


 そうしてふうわりと朝を感じて座っていると、訪問者があった。


「おはようございます」


 キリエである。


「キリエ様、おはようございます」

「…………」


 セルマはミーヤに対する態度は軟化したものの、やはりキリエには答えようともしない。


「昨夜、何事もありませんでしたか?」


 キリエは二人の身を心配し、朝一番で訪ねてきたのだ。

 それはセルマも認めるしかなかった。


「あの、一応何もなかったのですが」


 ミーヤがどう言っていいのか考えながら言う。


「ですが、この青い小鳥はそのままお借りしておいてよろしいでしょうか」

 

 キリエはその口ぶりから「何か」はあったのだろうと推測するが、


「いいでしょう。リルから借りた物ですが、もう少し貸しておいてくれるようにと伝えておきます」

「リルからだったのですか!」


 ミーヤは木彫りの小鳥の出どころを聞いて驚いたが、


「では遠慮なくお借りいたします。リルからと聞いて安心いたしました」


 そう言って、今日はセルマにリルやダルの話をしようと考えた。

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