2 食事の時間

「私はそんなことはしていません」

「同じことでしょう、おまえの心はあのならず者に向いている。大事な人なのでしょう?」

「そこまでにしなさい」


 キリエが一言で話を止める。


「今、おまえたち二人は同じ立場です。私に対する危害の疑いで拘束されている容疑者の立場です」


 キリエの言葉にセルマが眉をそばだてる。


「おまえたちにはここで、同じ部屋で過ごしてもらいます」


 キリエがきっぱりと言い渡す。


「一つは監視のためです。この宮には懲罰房のような部屋は他にはありません。ですから衛士たちが見張りやすいように同室にしました」


 セルマはいかにも気にいらないという顔でキリエを睨みつける。


「もう一つは」


 キリエはセルマの視線を意に介さぬように、口調も表情も変えずに続ける。


「今のおまえたちを一人きりで置いておくのは心配だからです。何が起こっても不思議ではない、私はそう思っています」


 あの水音のことを言っていた。

 

「もしもそれが気にいらぬと言うのなら、懲罰房に戻ってもらうしかありません。それがたとえ一人切りででも戻りたいというのならそうしてもらいます。そして、その後で何が起ころうとも、もうそれはその者の責任です。それを覚悟というのならば戻りなさい」


 さすがのセルマも返す言葉がないようだった。


「気にいらなければお互いに言葉を交わさなければいいだけのこと、どうしますか?」

「私はこちらに置いていただきます」


 ミーヤはすぐにそう答えたが、セルマは唇を噛みしめて黙っている。


「分かりました。セルマはどうするのです」


 セルマは黙ったままキリエを睨みつけ続けているが、キリエは気にせずもう一度尋ねた。


「どうするのです?」

「……ここに、いることにします」

「そうですか。二人ともここでいいのですね。では問題を起こさぬように暮らしてください」


 それだけ言い終えるとキリエはルギに目で合図をするようにしてから出ていった。


「さてでは、これからしばらくお二人にはここで暮らしてもらいます。宮の内に戻ったといっても面会は基本禁止です。何か用がある時には衛士に伝えてください。それを私かキリエ様が伺ってどうするのかを判断します。聞きたいことがある時には、お二人両方に聞くことならばここで、個別の時には衛士が伴って別室へと移動してもらいます。他に聞きたいことはありますか?」

「いいえ、ありません」

「セルマ様は?」

「それで結構です」

「では、何かあるまでは静かにお過ごしください」


 ルギもそれだけ言うと部屋を出ていき、ミーヤとセルマの二人きりになった。


 しばらくミーヤもセルマもそのままその場に立っていたが、やがてミーヤが並んだベッドに近づき、


「セルマ様はどちらがよろしいですか?」


 と、声をかけた。


「どちらでも」

「いえ、先にお選びください」

「どちらでもいいと言っているのです、好きになさい」


 取り付く島もなくそう言うので、


「では、奥に寝かせていただきます、よろしいですか?」

「好きにしなさい」

「ありがとうございます」


 そうしてミーヤが奥のベッドに腰をかけた。


 セルマはしばらくの間その場に立ったまま、ちらりとミーヤに視線をやったりしていたが、やがて諦めたようにもう一つのベッドに腰をかけた。


 2人ともしばらく黙ったまま、そうしてじっと座ってただただ時間が過ぎていった。


 やがて昼になり、衛士が昼食を運んできた。


「ありがとうございます」


 ミーヤがそう言って二人分の盆を受け取るとテーブルの上に置く。


「セルマ様、お食事が届きました」


 声をかけるが不愉快そうにしてセルマは返事をしない。


「冷めてしまいますよ」


 やはり返事をしない。


「では、またお好きな時間にお召し上がりくださいね。私は先にいただきます」

 

 ミーヤはそう言って一人で昼食を食べ始めた。


「今日は魚の煮付けです。スープにいい出汁が出ておいしいですよ」


 セルマは返事をしないが、ミーヤは一人でそう口に出しながら食べる。


「パンは2種類、外の皮が硬いのと柔らかいの。食感が違っておいしいですね。それにバターもついてます。サラダは、これは蒸した鳥の肉が――」

「静かに食べられないのですか」


 セルマが苛ついたようにミーヤの言葉をさえぎる。


「一人で食べるのはさびしいものですから」

「おまえはいつも一人の時にはそうして話しながら食べるのですか」

「いいえ、一人の時は黙って食べております」

「ではいつものように黙って食べなさい」

「一人ですが一人ではないもので」


 セルマが当てこすりかとミーヤをにらむ。


「いつまでかは分かりませんが、しばらくはこの部屋でご一緒させていただくのですから、お食事ぐらいは一緒にいただいてはいけないでしょうか」


 ミーヤが柔らかく微笑んでセルマに言う。


『食事は命の基本です。口から入るものだけがその人を作るのです』


 奥宮に入ったばかりの頃、当時の食事係の取りまとめ役が言っていた言葉を思い出した。


『食べるという行為は単に命をつなぐだけではありません、楽しみの時間でもあります。食事係はみなさんが楽しく食事の時間を送れるように努めなければなりません。そして作ってくれた方への感謝も忘れないように』


 そう言われたのを思い出した。

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