16 未来を守る方法
「先日、休んでいる間から、色々と考えておりました」
マユリアは静かに続ける。
「わたくしがここにいるのもあとわずか、その間にやらねばならないことがあります」
「はい」
キリエは主の考えを理解し、そしてそれが困難であることも理解している。
「その一つはセルマのことです。そもそも取次役という役職は、おまえが高齢になり、そして外の侍女ができたため、その重責を軽くする、そういう理由で作られたものでしたよね」
「はい」
「では、おまえが侍女頭より引いて、もっと若い者がその役目を継いだなら、不要となる役職、そういうことです」
確かにそうであった。それまではなかった役職を、神官長がそう理由付けてねじ込んできた形だ。
「ですから、侍女頭の交代をもって、取次役は廃止いたします」
「分かりました」
マユリアがそうお決めになったのだ、それはもう決定事項である。
「ただ、このことを発表するということは、その理由ゆえに侍女頭の交代を発表するのと同じこと」
「はい、確かに」
「次の侍女頭が誰であるのか、それを知らぬうちに、正式にシャンタルよりお許しをいただかぬうちに発表することはできないでしょう」
「はい」
マユリアは少し申し訳そうな表情で、
「わたくしがあのようになったために、またおまえに重荷を背負わせることになってしまいました」
「いえ、もったいない」
「この件は、また良き日を選び、あらためてシャンタルに言上を。その後にいたしましょう」
「はい」
一つの話はこうして決定した。
「次は、そのことと関係のある話です。では、セルマをどのように扱うか、これが難しいですね」
「はい、おっしゃる通りです」
「もしも、おまえが宮に残ってくれるのなら、侍女頭付きにしておまえの目の届く場所に置けば安心できるのですが」
それは不可能だ。キリエは交代の後、勇退して北の離宮へ入ることになっている。
「もしくは、マユリア付きにしてわたくしの手元に置くか」
それも不可能だ。マユリアは交代の後、人に戻られて親元へお戻りになる。
「どちらかが残ることができれば、そうすればセルマのためにもなるでしょうに。今のままでは、セルマをいつまでもあそこから出してやるわけにはいきません。そのことも、交代までに考えなくては」
「はい」
マユリアはそう言って、悲しそうな顔になった。
「もしも、それができない時には、思い切った処遇を考えねばならないかも知れません……」
キリエは驚いて主を見た。その美しい
一体、何をなさろうと言うのか。
「キリエ」
言葉をなくした侍女頭に美しい主が憂いを帯びた顔を向けた。
「おまえにだけ言っておきます。この間言ったように、あまり体の具合がよくありません」
やはりそうであったか。キリエは外れてほしかった予感が当たったことに苦しくなった。
「昨日も、神官長と話をしている時に一瞬だけ気を失いそうになりました」
それでマユリアは昨日は早々に休まれたのか。
「もしや、それほどお気持ちに負担なるようなことを神官長が申したのでは」
「いえ、それほどのことでは。ですが、神官長と2人で話をするということが、重荷になっていることは否定しません」
神官長は神官長で、交代の日までにマユリアに国王陛下との婚姻を飲ませたい、その思いで必死なはずだ。
「では、これからは神官長との面会の折には私がそばにお付きするということでどうでしょうか」
マユリアが首を横に振った。
「そういうわけにもいかぬでしょう」
その通りであった。常ならば、これから交代に向け、神官長とマユリアの間には色々と話をすることが必要になってくる。そのことは八年前に一度経験していることから、マユリアにもよく分かっている。
「ですが、最低限にはしてください」
「分かりました」
「それから」
マユリアが言いにくそうに少し口ごもる。
珍しいことだ。いつも堂々とし、冷静で、まさに女神の輝きをお持ちのマユリアが、このように常の人のような様子をお見せになられるなど。これも、あの不調の影響なのだろうか。
「あの、意識を失う時のことを、思い出しておりました。そうしたら、どうやら神官長と会っている時に多かった、そのように思えました」
「それは……」
まさか、神官長がマユリアに何かを仕掛けているということなのか?
「いえ、いつもそれもほんの一瞬のこと、本当に一度目を閉じて開けたぐらいの時間のことです。ですから、その間に何かを仕掛けるなどできぬとは思います」
「さようでございますか」
キリエはホッとした。ホッとはしたが、安心をしたわけではない。その一瞬、そのまばたきと同じぐらいの長さだとて、絶対に何かをできないというわけではない、そう思うからだ。
「ええ、そうです」
マユリアがキリエの心を読んだように答えた。
「ですが不安は消えません。だからこそ」
そこでマユリアが口を閉じた。
一体何をなさろうとしているのか。それが何かは分からなかったが、キリエにはその心の内が分かった。なぜなら、自分もまたその何かをやろうと思っているからだ。
もしも、それしか未来を守る方法がないとしたら、自分も主も、迷うことなくそうするだろう。
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