17 重荷を預ける者

 キリエがあるじの覚悟を聞き、自分もあらためて覚悟を決めていると、


「次の侍女頭はもう決まっていますよね」


 と、確認された。


「はい」

「甘えるようなことを言っているのは分かっています。ですが、その者がセルマを責任を持って預かってくれる、そのような可能性はないでしょうか」


 マユリアが少し、すがるような瞳でキリエを見た気がした。

 体調が悪いとおっしゃっていたが、そのせいだろうか。このようなご様子のこの方を見たのは初めてだとキリエは思う。


「それは……」


 キリエはすぐに返事をできず、少し考えてみる。フウなら、もしかしたらうまくセルマを扱ってくれるかも知れないとは思う。だが、セルマの方がその状態に我慢をできるはずがない。取次役の次は自分が侍女頭になるのだ、そう信じているプライド高いセルマが、宮の中でも変わり者で通っているフウの下で耐えられるとは、とても思えない。


「それは、少しむずかしいかと思います」


 キリエがそう答えるとマユリアが、


「何か理由があるのですか?」


 と、聞いてきた。


 本当にどうなさったのだろう。キリエは少し戸惑った。いつものマユリアとは少し様子が違うように感じられる。だが、主の問いには答えねばならない。


「セルマはプライドが高い人間です。取次役という役職に就き、自分が次の侍女頭であると信じ切っていました。そのセルマが侍女頭のすぐ下に置かれて、耐えられるとは思えません。それはセルマの心をひどく傷つけることになるでしょう」

「そうなのですか」


 マユリアはふうっと美しいため息をつく。


「セルマが認める者が侍女頭にならぬ限り、侍女頭付きにはできぬ、そういうことですね」

「はい」


 そしてこの宮には、今セルマが認める者は一人としていない。なぜなら、セルマは自分こそが選ばれし者、この宮をこれからべるべき人間だと考えているからである。


「もしもあの時、わたくしが倒れなければ、今頃おまえはシャンタルに侍女頭の交代を許していただき、その重荷を下ろす準備ができていたのでしょうね」

「マユリア……」

「そうすれば、次の侍女頭が誰かを知ることができれば、セルマのことも頼めたのかも知れません」


 キリエはマユリアは本当に体調がお悪いのではないかと息が詰まるように感じた。普段なら、そのような弱気なことなどおっしゃらぬ方が、ご自分が不調になったことで侍女頭に負担をかけている、そのようにお思いなのだろう。


「いえ、大丈夫です。セルマのことはもう少し何かを考えてみます」


 キリエの言葉にマユリアは少し考えて、


「一日でも早くシャンタルにお許しをもらいましょう」


 と言った。

 

 シャンタルへの言上はいつでもいいというわけではない。キリエは暦やそれまでの慣習をよくよく吟味し、その上であの日を選んだのだ。あの日、ヌオリたちを宮から出すという突発的な出来事があり、さらにミーヤとのお茶の時間を持ちはしたが、ほぼ予定通りの時刻にシャンタルの部屋へ伺うことができた。ミーヤには特に用事はないと言っておいたが、それは主と見聞役以外には話してはならぬからだ。


「また良き日を探し、あらためて言上申し上げます、もう少しだけお待ちください」

「ええ、頼みましたよ」


 キリエは主の体と、そして心を気遣い、一日でも早くその重荷を下ろして差し上げたい、そう思いながら退室をした。




 トーヤたちは見えぬところでそのようなことがあったとは全く知らなかったが、キリエが侍女頭の交代を言上したらしいとの噂はミーヤとアーダから聞くことになった。


「いよいよか。そんで、侍女頭の交代ってのはどういうことするんだ?」

「いえ、それは私たちもよく分からないのです」

「そりゃまそうか、キリエさんは侍女頭になって三十年以上って話だもんな、ここにいる誰もまだこの世に生まれてきてねえ」


 そういう話になって初めて、その時の長さを感じる。


「すっげえ長いあいだ、ずっと侍女頭やってんだな、キリエさんって」

 

 ベルが自分の年と比べてみて、信じられないという顔になる。


「次の侍女頭は一体どなたなのでしょう、全く予想がつきません」

「え!」


 アーダの言葉にベルが驚いた声を上げ、


「あ、あ、そうか!」

 

 と、納得した。


「そうか、そうだよな」

「そうだな」

 

 トーヤとアランもそう言って頷き、ミーヤが困ったような顔をしている。シャンタルはいつもと変わらない。


「あの、一体何が」

 

 なんだろう、この方たちは次の侍女頭がどなたかをもうご存知のような。


「う~んとな」


 トーヤが困ったような顔でミーヤを見て、ミーヤが申し訳無さそうな顔になる。


「ぶっちゃけ、言っちまうけどな、知ってんだよ、俺らは。その、次の侍女頭候補を」

「ええっ!」


 アーダが驚いて大きな声を上げ、急いで口を押さえた。


「ちょっと必要だったんです、色々あって。それでキリエさんの心づもりを聞いてました」


 アランが申し訳無さそうにそう言った。


「そんな、そんなことが……」

「まだアーダさんに言っていいかどうか分からないので黙っておきますが、シャンタルの正体をその方に伝える必要があったんで」


 信じられない。侍女頭の指名は完全に秘密だとアーダは聞いている。それを前もってキリエがトーヤたちに伝えていたなんて。

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