14 ダル多忙

 ダルは忙しかった。月虹隊の東西の詰め所に、毎日山のように届けられる陳情書、それから宮へ陳情に行きたいと言ってくる者の対応に追われていた。


 最初は中身を見てまとめて宮へ届けていたが、際限もなくそういう物を届けていたら宮が動けなくなってしまう。


「陳情書はきちんとどこの誰が持ってきたか分かる物だけを受け付ける。陳情に行きたい人はその地区の代表者と一緒に来て、身元がちゃんと分かっている人だけ話を聞く。あ、話を聞くだけであって、宮へ紹介するとか、連れて行くということではないから、そのへんははっきり言っておいて」


 ダルは決まりをきちんと決めて、徹底するようにと月虹兵たちに申し伝えた。そして憲兵隊の隊長も月虹隊と同じ形をとることに決めた。


「だから、どこの誰が持ってきたか分からないようなのは全部断って。そういうのを書いてきちんと貼り出そう。持ってきた人が本当にいるかどうか、それを確かめてから陳情書の内容を確認する。宮へ届けるのはそれから」


 月虹隊、憲兵隊、それぞれの東西詰め所に「決まり書き」を貼り出した。決まりを守らずに置いていった陳情書は全て破棄する、身元を証明せずに陳情を訴えてきた者の話も聞かない。そう徹底をしたことで、当初の混乱はかなり落ち着いてきた。

 中には身元を証明せず、それでも陳情書を受け取れと強引に置いて帰ろうとする者もあったが、こちらも断固として受け取らない姿勢を貫いたら、次第に減ってきた。陳情させろと訴えてくる者も同じだ、個人で勝手に宮に入りたいだけの者などもいて、一切受け付けないと拒否し続けた。

 それでもまだ力づくで押し通ろうとする者、ごくまれだが暴力に売ったようとする者までいたが、そんな時にはルギが派遣してくれた衛士が前に出てくれた。


 衛士は本来なら宮の中のことが業務である。宮の外へ出ても管轄の担当である憲兵と月虹兵への配慮から、よほどのことがあったり、頼まれない限りは手を出してこない。


 だが今回は、警護隊隊長であるルギから直々に、


「宮の平穏を妨げようとするやからには遠慮することはない、厳しく対応しろ」


 と言われたことから、片っ端からつまみ出していく。


「さすがにルギに鍛えられてるだけあって、衛士は違うなあ」

 

 ダルも思わず笑いながら感心するぐらい、見事に場を収めてくれる。


 本来なら憲兵も衛士も同じ訓練を受け、同じ役割を持っているはずなのだが、普段、王都で比較的のんびりと役目を務めているだけに、どうしても民たちには甘くなるようだ。

 はっきり言うと、いい顔をしたいということになるか。ケンカをしてる者や、酒に酔って何がなんだか分からなくなった者、そういう者を主に相手にしているだけに、陳情書を読んでほしい、陳情させてほしいと、真面目に頼んでくるリュセルスの民に厳しく当たり、嫌われたくないのだ。


 月虹兵はその点、憲兵よりは気楽な立場だ。一応「兵」とついてはいるが、宮と憲兵と民との間を取り持つ役割が大きい。衛士や憲兵と一緒に訓練はしているし、何かあった時には争っている者の間に入って止められるぐらいの力も必要とされるが、あくまで民の一人であるという意識が強い。

 憲兵が言うと、上から下に向けて言っているようになり、横暴と受け止められ兼ねないことでも、月虹兵が「これはだめじゃないか」と横並びの位置から言う方が、反感を買いにくいようだ。


 そういうこともあり、隊長のダルは憲兵の隊長からも頼られてしまって本当に忙しい。このところ、ろくに家にも帰れていない。ほぼ宮とどちらかの詰め所を行ったり来たりするだけという生活だ。

 せっかく封鎖が明けて村に帰れるようになったのに、と思いはするが、これも今だけのこと、そしてその今がどれだけ大変な時期なのかを知っているだけに、アミと子供たちにごめんと言いながら、なかなか帰れずにいる。


 そう、知ってるからだ。普通の民なら知らずに済んでいることを、八年前にあったことを、今起きていることを、そしてこれから起きるかも知れないことを。

 ダルは知らぬ顔をして、月虹兵たちともリュセルスの民たちとも接触をしているが、心の中からそれらのことがなくなることはない。


 ルギからディレンが元王宮衛士の男を預かっていることを聞いた。そしてアランからはその男がシャンタルの前で本名を名乗り、少し考えが変わってきていることも聞いた。今はディレンの元で、その男がもう少ししっかり自分を取り戻し、自分がそのような行動を取る原因になったのは何だったのか、そしてそれが誰の仕掛けたことだったのかを言ってくれることを期待している状態だと理解した。


「こっちの陳述書、これは記名もないし誰からの物かも分からないから、廃棄に回していいですよね」


 ダルが考え事をしながら陳述書を仕分けしていると、廃棄書類を運んでいるアーリンが、汗を拭きながらそう聞いてきた。


「あ、ああ頼むよ」

「本当に、なんでこんなことになってるんだか。そういやあの元王宮衛士って人、どうしてるんだろう。元気にしてるといいんだけど」

「そうだね」


 アーリンにはトイボアのことは知らせていないので、ダルは知らぬ顔で一言だけそう答えた。

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