7 行き止まり

 ベルの視線はトーヤと隣のある侍女にじっと向けられている。


「なんだよおまえ、何が言いたいんだよ。だが、俺があいつと似てるってのは絶対にないが、それでも考える必要はある、それは分かる」


 トーヤはなんとなく言われてることの意味は分かったが、そう言って振り切り話を続ける。


「だからおまえらも考えろ。シャンタルはどう思う」

「うーん、どうかなあ」


 シャンタルに向かって話を振ると、こういう場合に何も空気を読めないシャンタルが素直にそう考えだしたのでホッとする。幸いにもアーダには全く何も通じていないらしいし、ミーヤももちろん話の内容に気持ちがいっているので何も気がついてはいないようだ。


「ルギの気持ち、ねえ」


 シャンタルが真剣に考えているらしい。いや、考えてもらわないと困るのだが、いつも真剣でもそうは見えないシャンタルが今までに見たことがないぐらい真剣に考えているので、やはりそれだけの深刻な状態なのだとあらためて思う。


「まず、ルギに何か言える人はいると思う? 何を言えばいいかが分かっても、私やトーヤやベルが言うっていうのはまず無理だよ、ここにいないことになってるんだから。会いに行ったらその場ですぐ捕まるよね、きっと」

「それはまあそうだな」

「じゃあ宮にいてもおかしくない人、ミーヤとアーダは言いに行ける?」

「あの、私にはとても!」


 またアーダが身を細らせてそう答えた。


「大丈夫ですよ、アーダさんがルギ隊長と接触がないのはみんな知ってますから」

「あ、ありがとうございます……」


 アランがなだめるように言い、アーダがやっと力を抜いた。


「あんたもだめだろうな」

「ええ、私がルギに会いに行ったというだけで、マユリアが何かに気がつかれる気がします」

「俺もそう思う。多分あんたの動きには目をつけてるだろうしな」


 マユリアはおそらくミーヤの動きに気を配っているだろう。何しろ八年前にシャンタルが覚醒するためにあれほどの働きをした実績がある。要注意人物その1と言っていいぐらいの存在だ。


「後はアランとダルだよね」

「どっちもむずかしいんじゃないか」

 

 アランが冷静にそう言う。


「俺は今でもエリス様がここにいるってことになってるから、そんでこうしてるけど、実際はトーヤたちの動きを知るために見張られてるのと一緒だからな」

「俺はルギと話はできるけど、その内容を話すのはどう考えても変だよ」


 ルギと話をできる立場の人間ということでは状況的にはこの二人なのだが、やはり話の内容的にはどう考えても無理がある。無理やり話をそちらに持っていくと、いますぐにでもここに警護隊が踏み込んでくることになりそうだ。


「じゃあ、可能性はあっても誰も話ができないってこと?」


 ベルがそう言って、ううーっと低い唸り声をもらす。


「動物じゃねえんだからそういうのやめとけ」

「てっ!」


 アランが軽く小突いた。


「だけどさあ、話ができねえってことは、ルギに本当のことを言えないってことじゃん。言えなかったらルギはあのマユリアが自分のあるじだって信じてて、騙されてて、そのままおれらの敵になって、そんで、そんで……」

「そうだな、ゆくゆくは俺とやり合うことになるだろうな」


 トーヤがベルが口にできなかった言葉を自分で口にする。


「だから、それをやめさせたいから考えてんじゃねえか!」


 ベルの目にはすでに涙が浮かんでいる。言葉にしてしまったことでそれが現実になる、そう恐れているように。


「だから泣くなって」

 

 トーヤが斜め前に座るベルに思わずそう言ってため息をつく。


「心配すんな、いざってなっても俺がなんとかしてやるから」

「なんとかってどうすんだよ!」

「そうだな、ルギを倒すか」

「それが無理だって前に言ってなかったか!」

「そうだな、言ってたな」

「あー、いらいらする!」


 ベルがうわあっと短くなった髪を掻きむしる。かなり根元の方が伸びてきているため、濃茶がめだつようになってきている。


「染め直さないとだめだな」


 何事もなかったようにアランがそう言った後、そのまま誰も何も言わなくなった。


 無為むいの時がただ流れていく。そのうち日が暮れ、道が闇の中に消えて真っ暗になる。そんな気持ちになる。


 トーヤは前にもこんなことがあったなと思い出していた。


(そうだ、あれはリュセルスを歩いていた時だった)


 初めてリュセルスに出かけた時、あてもなく街の中を歩きながら、どこにも行き先のない自分のその先を考えた。


(そして、フェイを抱き上げて歩いたんだったな)


 フェイは驚いていたが、小さな足で一生懸命に歩いていた姿に、思わずそうせずにはおられなかった。


 あの後、結局は全部を乗り越えて無事にシャンタルを助け出すことができた。小さなことを一つ一つ積み重ねた上で、最後は一滴の血が全部をひっくり返してくれたのだ。


(だからあるはずだ、きっと。何かをひっくり返すようなことが)


 そしてそれにはやはり、ルギに真実を知らせる必要があるのだろう。


「大丈夫だ」


 ふいにトーヤがそう言った。


「きっとルギに伝える時が来る。そしてそれを伝えるのはやっぱり俺しかいない。だからみんなはそのことは考えず、自分にできることだけを考えてくれ」


 今言えるのはそれだけだった。

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