16 お茶を濁す
「さあて、どうすっかなあ」
トーヤたちがカースに入った頃、アランは一人でリュセルスの街を歩いていた。
適当なところで捕まるとは言ったものの、なんだか街はざわつき、もしもアランが大っぴらに薄い茶色の髪と瞳をそのままに歩いていたとしても、無視されかねない雰囲気だ。
それでも何があるか分からないので、一応マントを深々とかぶり、長身を少し屈ませるようにして街を歩いて様子を見ていた。
一軒の食堂に入り、適当な定食を頼んで食べる。
港町だけあって、焼いたり揚げたり蒸したりして顔つきが変わった数種の魚の惣菜に、野菜を炒めた物、スープとパンがついた定食であった。
アランはいつものように店内や出入り口が見渡せる席に座り、ゆっくりと周囲を見渡しながら食事を続ける。
「だからな、前の国王様に戻っていただかないと、天のお怒りは解けないって言うんだよ」
「いやいや、今の国王様はご立派な方だろうが、封鎖の時にもあんなに色々な物をくださったし」
「けどな、あのやり方はなあ」
「なんでだよ、前の国王様がご不調で、それでご譲位なさったんだろ?」
「いや、それが嘘らしい」
「嘘?」
「ああ。今の国王様がマユリア欲しさに父親を無理やりひっこめたって話だぜ」
「本当かよ~」
「間違いない。俺の知り合いの知り合いが王宮衛士の親戚だってんで、そのへんの話聞いたぞ」
「おおい、なんだよそれ、俺にも教えろよ」
こんな感じであっちこっち、新国王と前国王、どっちがいいの悪いのとやいやい言い合う話が聞こえてくる。
(けど、どっちも言うだけでどうにかしようって感じはないな)
皿の上の料理を切って口に運びながら、アランはそう思っていた。
トーヤとも話していたが、この国の人間は基本、受け身だ。だから八年前の確執があったとしても、新国王が父王を引きずり下ろすなどという、ある意味暴挙に出たことすら信じられないぐらいなのだ。
(今のままだったら、ごちゃごちゃ話してるだけで大した問題は起きそうにはないんだが)
気になるのはベルから聞いた話だ。
ダルと一緒に神殿からカースへ行く途中、ダルに絡んできた一行は一体何をどうしようとしているのか。
民の声を宮に届けてもらいたい、そう言っていたらしいが。
『それじゃあ間に合わないからこうして隊長様に頼んでるんじゃねえかよ』
急ぐような「何か」をしようとしているということなのだろう。
「ってことは、だ……」
アランは小さくつぶやく。
そうして残りを食べてしまって支払いを済ませると、マントをひらりとひるがえして店から出て行った。
「それで、わざわざ正門から戻ってきたというわけか」
ルギはげんなりとした顔で、目の前の男に言い捨てるように言う。
何があったかというと、リュセルスから続くシャンタル宮への正門に、指名手配していた男がひょっこり顔を出したと言うのだ。
衛士たちは早速その男を後ろ手に縛り上げ、手配をしていた警護隊の隊長の元へ引っ立ててきた。
「おたくもその方が手間がはぶけるでしょう」
そう言うまだ若い薄い色の髪の男を見て、ルギは思い出したくない相手が浮かび、さらにげんなりする。
「それがおまえたちのやり方なのか」
「どうでしょうねえ」
アランは不敵な笑いを浮かべると、
「でも、どうしようかなと考えた時、ある人だったらどうするか、を確かに考えますね」
と、平然と答えた。
そうなのだろうなと、ルギは口には出さずにさらにげんなりとした顔になる。
「で、戻ってきてどうするつもりだ」
「どうするって逮捕したかったんでしょ? どうにかするのはそっちじゃないんですか?」
「まあそうだな。だが、すんなり戻ってきたということは、素直にこっちの言うことに従うってことでもあるまい。何か考えがあってのことだろう。それが何なのか聞いている」
ルギの言葉を聞くとアランがニヤリと笑った。
その笑顔を見てますますルギはある男を思い出す。
今、ここ、シャンタル宮警護隊隊長室には隊長であるルギの他に、副隊長のボーナム、第一警護隊長のゼト、それから名前は分からないが3名の衛士が一緒にいた。
八年前の事情を知らない部下たちの前では聞けないことも多い。
だが、かといってすぐさま二人になって話を聞くというわけにもいかない。
「とりあえず、ここを出てどこに行ったのか教えてもらおうか」
ルギが、普段ならそうするだろうように、そう言ってからボーナムに視線を送る。
副隊長は隊長の意を受けて、前に進み出た。
アランは後ろ手に縛られたまま、木の椅子に座っていた。
ボーナムは自分もその前に椅子を持って来て座り、ゼトが記録を取るためにやはりその隣に座る。
「ここを出てですか。えっとどうだっけかなあ」
アランにも分かっている。ある程度のことを話して相手を満足させないと終わらないことを。
ルギもそれが分かっていて、あえて部下に質問をさせているのだろう。
それが終わった後が本物の勝負だ。
「とりあえず馬を預けて、そんでそこでトーヤと別れました」
本番前に適当なことをのらりくらりと言ってお茶を濁すとするか。
アランはそう考えていた。
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