20 贈り物

 トーヤたちが考えたように、マユリアの宮殿の話は神官長が国王に提案していた。


「マユリアのために新しい宮殿をお建てになってはいかがと」

「新しい宮殿だと? 簡単に言うが、大変な時間と金がかかるものだ」


 さすがの国王もすぐには承諾しかねる提案であった。


「大きな宮殿でなくとも良いのです。離宮のような、いえ、どちらかと言いますと隠れ屋のような、そのような建物がよろしいかと」

「だから、なぜそれが必要なのだ」

「まずは陛下の誠意をマユリアにお分かりいただくため、それが第一にございます。マユリアは確かにご婚儀はお受けになられましたが、それは女神としてこの国の未来と民を思われてのことで、陛下の求婚をお受けにはなられてのことではございません」


 神官長のこの言葉に国王は見るからに不愉快な顔になる。


「申し訳ございません。ですが事実です」


 国王はさらに不愉快な顔になるが、確かにそれは事実だと認めざるを得ない。


「交代後、マユリアはご両親の元に戻りたいとご要望です。そしてもしもご両親がご健在でいらっしゃらない時には、シャンタル付きの侍女として宮に残りたいとも」

「マユリアの両親はきっと良い返事をくれるだろう」


 その話を聞いているからこそ、国王はマユリアが自分のところに来るとの確信を持っていた。シャンタリオの国民で国王の意思に逆らう国民などいるはずがない。だが、国王がそう言っても神官長は薄く笑みを浮かべるだけだ。


「もしや、マユリアの両親はすでにもうおらぬと言うのか」


 シャンタルの親を知るのは託宣を受けた者、侍女頭と神官長、それから親御様への使者に立った衛士と神官だけだ。そしてマユリアが人に戻る時、それを知らせるのも時の侍女頭と神官長になる。八年前、一度はその準備をしていた。だとしたら神官長はマユリアの親がどこの誰か、健在かそうではないかを知っているはずだ。

 国王は不安になってきた。両親がいるのなら、きっとマユリアを説得していかにほまれなことかを言い聞かせ、気持ちを決めさせてくれるだろう。だが、もしもすでにこの世にないとなれば、マユリアは全てを捨てて誓いを立て、奥宮にいるラーラ様という前任のマユリアと同じ道を選ぶ可能性がある。


「神官長、どうなのだ、マユリアの両親のことについてそなたは何かを知っているはずだ。そうなのか?」

「申し訳ありませんが」


 神官長はそうとだけ言って深く頭を下げる。相手が誰であれそれは言えない。それこそ秘中の秘なのだから。国王もそのことは分かっているのでそれ以上何も言えない。だが知りたい気持ちも消えない。


「どうすれば良いと思う」

「ですから先ほどご提案申し上げたのでございます」

「新しい宮殿か」

「はい、マユリアがお住まいになられるマユリアの宮殿、そして王宮とも後宮とも違う、マユリアのためだけの宮殿を」

「マユリアのためだけの」

「さようでございます」


 神官長は貧相な顔に子どものように晴れやかな笑顔を乗せた。あまりにふさわしくないその笑顔がかえって邪気のない、清らかな天使の笑みのごとく見えるのがなんとも不思議だ。


「陛下のお気持ちをマユリアもきっと汲んでくださるかと」


 国王には神官長の言っていることがなんとなく分かってきた。マユリアの親がすでにこの世の者ではない場合でも、さすがに知ったその日にすぐ、誓いを立てて侍女として奥宮に入るということはできまい。だが手続きを進めれば、そう遠くない日にマユリアは手の出せない場所に入ってしまう。それを引き止めるだけの策を打っておけと言っているのだろう。


「ええ、マユリアのお気持ちを引き止めるだけのことをなさるとよろしいかと存じます」


 やはりそうなのか。国王は神官長の言葉をそう受け止めた。おそらく、マユリアの両親はすでにこの世の者ではない。交代の後マユリアがそのことを知ったなら、すぐにでも侍女頭に自分の意向を伝えてしまい、その先のことは決まってしまう。そんな気がしてきた。


「28年間もあの宮に君臨なさった方です。特にご先代の時代には、あのようであられた主の代わりにどれほどのことをなさったことか」

 

 交代の夜、突然亡くなって翌日聖なる湖に沈めよと残した先代シャンタル。幼い時から託宣以外の言葉を口になさらず、ご自分では何もやることのできない方だったとは国王も耳にしている。


「あの十年間は、何もかもがこれまでにはあらぬことばかりでありました。その年月を乗り越え、さらに歴史上初めての二期目の任期も全うなさろうとしている方。さらにあの出来事で不安を感じるこの世界のために、この先何があろうとも民の心を安寧にと、人の世に歩み寄り、マユリアを王家の者として、女神でありながら人の世の頂きにも立つとご決心なさった方です。宮も常のマユリア以上の敬意を抱いております」


 神官長が暗に、すぐにも宮が喜んで迎えら入れるであろうと匂わせる。


「そのために必要なのではないでしょうか、陛下からの心を尽くした贈り物が。ご婚儀のすぐ後にそのことを発表なされば、マユリアもさすがに否とはおっしゃいますまい」


 神官長のそのために新しい宮殿を贈れという提案を、国王は受け入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る