20 逃げる
「ちょ、ちょっと落ち着いて。どこに入れてたんだい? もう一度よく探してみよう」
「だって、ここに入れてたんだぜ?」
アベルが泣きべそをかきながらダルから体を放し、左の胸ポケットを探る。
「間違いない?」
「うん、ない」
「反対は?」
「ない、こっちは空っぽ……あ」
「あ?」
「あった」
「え?」
「なんでだ、反対のポケットに……あ」
「どうした?」
「うん、さっき隊長のとこに行く前に左のポケットが破れてるのに気がついて、そんで反対に入れたんだった」
「なんだあ、よかったよ」
「うん、落としちゃいけないいけないってずっと思ってたから、それで落としたとばっかり」
「帰ったらちゃんとポケット繕っておくんだよ。それから、落とさないように何かないかな」
「うん、よく考えとく」
「とにかくよかったよ」
「うん、ごめん急いでるのに」
「まあいいさ、じゃあ行こうか」
「うん」
それだけの会話を済ませると、何事もなかったかのようにもう一度マントの男たちの横を通り抜けてカース方面へと歩いて行った。
その後はごく普通に、何もなく検問所の憲兵に事情を話すとしばらくして向こう側の門のところに子供と大人のシルエットが見えてきた。
検問所では遠くから声をかけることも禁止だ。だが姿を見て手を振ることぐらいはできる。
(あれがアミさんで、そんで連れてるのが子どもたちだな)
アミが言って聞かせたからだろうか、子どもたちは時々片手で口を押さえてダルに言葉をかけるのを我慢しているようで、その姿も可愛らしかった。
一番上のちょっと大きくなった子が女の子、順番に大きさが違う男の子が3人と、アミの腕に抱かれている子はまだ小さくてこっちから見ただけではどっちかよく分からないが男の子だそうだ。
アミはゲートの向こうで袋を受け取ると、さらっと包をほどいて中身を子どもたちに見せた。
子どもたちがわあっと声を上げ、急いで口を押さえるともう片方の手を思いっきり振って見せた。
そうして短い邂逅は終わり、アミは子どもたちを連れて村の方に戻っていった。
「行っちゃったなあ」
「うん」
「さびしい?」
「そりゃね。でも仕方ないよ封鎖なんだし」
「そうか」
「そんで隊長、お茶はまた今度にしてくれる? おれ、帰ってポケットの修理しないと」
「そうかい? それじゃあまた今度遊びにおいで」
「うん、約束だぜ」
「うん、分かった分かった」
楽しそうに話しながら歩いてマルトの店まで戻ってくると、ベルはラデルと一緒に工房に戻る。
「そんじゃ隊長、と、それからリルの旦那さんまたー」
「こら、奥様を呼び捨てにするんじゃない」
「あーそうか、リルさんの旦那さん」
「すみません、しつけがなってなくて。弟子がお世話になりましたと奥様によろしくお伝えください」
「いえいえ、こちらこそあんないい物を作ってもらってありがとうございます」
「俺も、おかげで久しぶりに子どもたちの顔を見られました、ありがとうございました」
店の外でそうやってお礼を言い合い、夕方が近づくリュセルスの街を師弟がゆっくりと歩く。
マルトの店とラデルの工房は割りと近くにある。
「もう遅いし、今日は何か食べて帰るか」
「ほんと、やった! 親方の飯より食堂の店の方がぜってーうまいし」
「そんなこと言うならやめようか」
「あ、うそうそ! 親方の飯もおいしいです。まあうちのかーちゃんの飯には負けるけどな」
「そりゃまあそうだな」
そう言って二人で一軒の食堂に入り、ごく普通の定食を食べてから工房に戻った。
「帰ったよ。おお、帰ってる」
二階に上がってきたベルがトーヤを見てそう言いながら片手を上げて「よっ」と挨拶をする。
「なーにが帰ったよだ」
「いで!」
帰った途端にトーヤに右耳を引っ張られ、お約束の洗礼を受けた。
「何してんだよおまえは、え? なんだその頭は、待機しとけっつーただろうが」
「その前に言っとくことがあんだよ。ダルに監視がついてるぜ」
「なんだと」
「そんで一緒に動いてたおれにもくっついてきたからラデルさんと飯食ったりして普通のとこ見せてから帰ってきた」
そしてベルが今日あったことをみんなに話す。
「問題は2つだな。街で広まってる噂から月虹兵がヤバい目に合いそうだってこと。それからダルと、多分リルにも監視がついてるってことだ」
「うん、そんで今日見たやつの一人は神官だったよ。神殿で見たことある顔だった」
「そうか」
「なあ、やつらなんでダルをつけてんだ?」
「俺たちとの関係からだろう」
神官長はどうやってもエリス様一行に罪をなすりつけたいのだろう。
「ヤバいな」
「え?」
「おいシャンタル」
「何?」
「おまえ、今すぐここから逃げろ」
「え!?」
シャンタルではなくベルが驚く。
「な、なんでさ」
「神官だったんだろうが、見張ってたの。それは誰の指示だ」
「あ」
「あの神官長のおっさんはな、あんなんだが結構しぶとい。そんでラデルさんのことも知ってる」
「そうか」
ラデルは当代の父親だ。ベルがラデルとつながっていると分かればここも調べに来るかも知れない。
「そうなったらシャンタルは逃げようがない。だから今からすぐあそこへ逃げろ」
「うん、分かったよ」
シャンタルがどこのことかを理解し、さっと立ち上がって身支度を始めた。
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