26 同志でも味方でもなく
神官長はやや興奮した声で続ける。
「いや、本当に心強い、あなたのような味方がいてくださったら、この先のこともきっと全てうまくいくはずです。あなたは最強の侍女頭、一緒に真の女神の国を支えていきましょう。そうすれば――」
「誤解はなさらないでください」
キリエが今までと同じ表情、同じ調子で神官長の言葉を止めた。それは強い調子ではなく、威圧的でもなかったのだが、興奮し、とめどなく流れ出てくる神官長の言葉を留めるのに十分な力を持っていた。
「私はあなたの同志や味方などというものではありません。あなたの希望を叶えるためにここに来たのでもありません。ただひとえにシャンタルとマユリアのお為、この宮のために存在する者、それが私であり侍女であり侍女頭です」
神官長は一瞬ひるんだが、それでもさっきのキリエの言葉、マユリアの意思に従うというその言葉を思い出し、気持ちを落ち着かせた。
「いえ、それで構いませんよ。あなたがどう受け止められようと、あなたほど女王マユリアを支えるにふさわしい方はいらっしゃいません。あなたと、そしてルギ隊長がいてくださったら、マユリアもきっとご安心なさることでしょう」
神官長はルギの名を口にしてキリエの様子を伺ったが、全く動じることはない。
「それでは続きをお願いできますか」
キリエは動じずに話を戻す。
「マユリアが女王になられてこの国をご統治なさる。マユリアもそのことをお望みである。そうだとしてその先の話です」
「そうでしたな」
「マユリアは女神であり女王になられる。では、当代と次代様はどうなられるのです」
「今のまま、変わらず宮においでいただければよろしいかと」
「今のままですか」
「ええ、何も変わりません。宮は今のままで」
キリエは心の中で考えを回してみる。どんな答えが続くのか。
「次代様が最後のシャンタルとなられ、そしてその後のことはどう考えているのです。マユリアとは違ってシャンタルの任期には期限があられます」
「そういえばさようでしたな」
二千年の間ずっとシャンタルに期限が来ることはなく交代をしてきた。だが、次代様の次にお生まれるなられる方がいらっしゃらないとなると、初めてその期限を迎えるシャンタルとなられるということだ。
「まあ、そのあたりはなんとかなると思いますよ」
神官長があまりに気楽そうに言うので、さすがのキリエの眉がほんの少し動く。神官長がその動きに満足した笑みを浮かべた。
「なんとかなる。そんな気楽なことを言っている場合ではないと思いますが」
「いえ、なんとかなります。そのためのご先代だと私は思っておりますから」
キリエは先代のことが出るのを予想はしていたが、まさかそのような形で持ち出されるとは思っていなかった。
「マユリアが女王になることにご先代の存在が関わりがある、そういうことなのですか」
「そう思っていただいて結構かと」
神官長が己の心の中でだけ考えていたことを実行に移す気になったのは、やはり八年前のあの出来事があったかららしい。キリエはそう理解する。
では、先代、黒のシャンタルがその計画にどう関係があるというのだろう。そうは思うが先代のことは今口にするわけにはいかない。
「では、それもそうして解決することとして話を進めてください」
「ほう」
また神官長が感心したようにそう言う。さすがに先代のことを持ち出すと何か反応があるのではと思ったが、この女はそれすらなかったこととして話を進めようとしている。鋼鉄の呼び名は伊達ではないなと神官長はまた気持ちを引き締め直した。
「後のことは、先代がお帰りになってから。今はそうとしか申し上げられません」
つまり話はここで終わりということだ。キリエはそう判断した。
神官長の頭の中にはもっと色々な予定があるはずだ。だがそれは、先代が戻ってこないと進めることができないということだろう。
「ご先代がお戻りにならない時にはどうなさるつもりです」
「それはありえません」
神官長が余裕たっぷりの笑みでそう答える。
「きっとご先代はお戻りになられます。私には確信があります」
「そうですか」
キリエはそこにもそれ以上は触れない。
「では話はここで終わりということですね」
「ええ、今のところは。続きはご先代がお戻りになってから、そういうことです」
「分かりました。では今日はこれで失礼いたします」
キリエはそう言って神官長の執務室を出た。
収穫があったのかなかったのかは分からない。そしてキリエが神官長に語ったのは事実だ。もしもマユリアが女王として御即位なさるおつもりなら、その時には自分はそのご意思に従う。侍女頭として当然の務めだ。
自分は主の御心に従わなければならない。いくら心の中でそれを嫌だと思っているとしても。八年前、苦しみながらも先代を湖に沈めるという託宣に従うと言ったのも同じ心からだ。
キリエ個人の気持ちは関係がない。天と主のご意思、その運命に従う。それがキリエの運命であった。
だができればそれは止めてもらいたい。キリエは外の国から来た黒い髪の傭兵と、その者と共に外の国へ向かった銀色の髪の方、そしてその仲間たちを頭に浮かべていた。
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