18 本当の理由
「なんのことやらさっぱり分からんな」
声が語り終えるとトーヤがぼそっと吐き出すようにそう言った。
「それは」
続けてミーヤが見えない相手に尋ねる。
「トーヤは、本来ならこちらで、シャンタリオで生まれるはずの人であった、そういうことでしょうか」
『そうです』
「おお」と声にならない声が空間に流れたのは、一体誰の声だったのか。
「ってことは、あれか」
トーヤが淡々と声に聞く。
「あんたの言い方を借りりゃあ『戻った』ってやつだが、それが俺一人だってことは、他のやつらは『戻ってきてない』ってこったよな? そいつらは今、一体何してんだよ」
『それは色々です』
「色々ってなんだ? ルークみたいにみんな海に飲まれたってんじゃないだろうな?」
『いいえ』
「そのへん、もうちょい詳しく教えてくれ。その、砂の数ほどいたってやつらがどうなったかをよ」
トーヤが怒っているとミーヤは感じた。
声はその怒りを感じているのかいないのか、今までと同じ調子で語り出す。
『こちらに戻りたいとは思わなかった者』
『こちらに戻りたいと思いながらも戻る道を取れなかった者』
『戻ろうとしても叶わなかった者』
『あちらでみな、それぞれの人生を送っています』
「そうか、じゃあ、あんな結末迎えたのはルーク一人ってことでいいんだな?」
トーヤが何か少し安心したようにそう聞いた。
その「命の種」と呼ばれた者がどのぐらいの数いたのかは分からないが、その者たちすべての命を吸い取るようにして、自分だけが生き残ったのではない、そう思えたからだ。
『今もあちらで生きている者、すでにその生命を終えてしまった者、種の数だけそれぞれの人生があるのです』
「
『どのようにです』
「あんたに力は貸せねえってな。そういうこった」
前にもこんなことがあった。ミーヤはそう思った、思い出していた。
マユリアが2つの託宣を語り、「黒のシャンタル」を湖に沈める、そう言った時もトーヤはこうして怒っていた。
「それとな、あんたが言うようにこっちに戻りたいって気持ち、風を吹かせるための強い気持ちか? そういうの、俺には一切なかったんだがなあ。そんな俺だけがなんでここにいるんだろうな」
皮肉な言い方であったが、それに対して光はこう尋ねてきた。
『こちらに来る船に乗ったのはなぜです』
トーヤは少しだけどう言おうかと考えていたようだったが、
「たまたま、かな」
そう答えた。
「もう知ってるだろうけど聞きたいなら教えてやるよ。俺の育て親みたいなやつが死んでな、それで、もう故郷にいる意味がなくなったと思った。そんな時に、ダチからたまたまこっち来る船に乗らないかって誘われたんで、そんで乗った。そんだけのこった。だからそんな強い気持ち、なんてえのでこっち来たわけじゃない」
そう言った。
『本当にそうでしたか』
「ああ、本当だ」
『よく思い出してください、その時、どのような心持ちであったかを』
「って言われても、何回言っても同じだよ。それに、それがそんなに大事なのか?」
『大事なのではないでしょうか』
「そう言うなら考えてみるが、まあ一緒だと思うぜ」
不思議な空間の中、ただトーヤと誰かの会話だけが続く。
「えっとな、まあとにかく、あの時はもうなんもやる気にならなくて、どっか行く気にもならねえし、馴染みのところでゴロゴロするばっかだったな。そしたら、そうやって遊んでるんなら一口乗らねえかって、同じ宿の顔なじみに声をかけられたんだよ」
生まれ育った娼館は家ではない。ミーヤがいなくなった後、まだ顔見知りのミーヤの姉妹分の女たちがいるにはいたが、さすがにそんな女達のところに客として出入りするわけにもいかず、そう遠くないところにある別の店に転がり込んでいたのだ。そこでただ、何をするでもなくゴロゴロと日を過ごしていた。
あまり思い出したくもない時期のことだが、言われてそれを思い出していた。
『誘われたのはその時だけでしたか』
「いや、他にもいくつかそんな風に言われたことはあった。俺は人気者なんでな、一緒になんかやりたいってやつは結構多いんだよ」
聞いて光が笑うように柔らかく震えた。
『では、その中でこちらに来る船を選んだのはなぜです』
「って言われてもな、さっきも言ったけどたまたまだよ、たまたま、その船になら乗ってもいいかな、って……」
突然、トーヤがそこで言葉を止めた。
『なぜです』
かぶせるように光が尋ねる。
「たまたま、だと思ってたんだがな……」
本当にたまたまだと思っていた。
『なあ、シャンタリオって知ってっか? そこ行く船があるんだけどよ、トーヤ、一緒に行かねえか?』
時々遊びの場で一緒になる小男だった。
あまり風采のよくない、腕っぷしもあまり強くないぱっとしない男だが、なぜだかトーヤになついてよく声をかけてきていた。
他の誰にどう声をかけられても、
「今ちょっとその気になんねえな」
そう断っていたトーヤだったが、その男にそう言われた時、無性に行ってみたいと思ったこと、それを思い出したのだ。
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