15 覚悟の先にあること
シャンタル宮の中では静かにその時を待っていた。
とうとう親御様が産室に入られたのだ。
――最後のシャンタルのご誕生――
何人かは心の中でその言葉を噛みしめる。
その一人、キリエは侍女頭になってからの4回目のご誕生の時を、自分が取り仕切る最後のその時を無事に迎えるために、いつものように動く。今、自分がやるべきなのは、無事に次代様をお迎えすることだ。それが、侍女頭として自分ができる最後のことなのだ。
そして、シャンタルの交代を無事に終わらせ、マユリアと当代の交代の間に先代を潜り込ませ、そちらの交代も無事に終わらせる。なんとしてもそれを無事に終わらせるのだ。
そのために……
キリエはそのことを思い、唇を噛みしめる。
本来なら、自分も侍女頭を次の者、フウに譲って北の離宮に入る。それが本来の形である。もしも平穏に交代が終わるなら。
だが、そうはいかない。自分が勇退をしても神官長が残っている。神官長はどんなことがあってもセルマを侍女頭にしようとするだろう。セルマなら自分の思う通りに動くからだ。
そのために神官長はセルマにあの秘密を話した。決して話してはいけない秘密を。そしてそれを知ったセルマは、
なんとかして神官長を封じなければならない。だが、今のままでは神官長を罪に問うことはできない。証拠がない、そして神官長が自分に何かをする理由も見つからない。
今となれば、どうして神官長が自分を退けようとしたのか、なぜセルマをマユリアのおそばに付けようとしたのかがよく分かる。神官長の考えがよく分かってきたからだ。
『女神の国は女神が統べるべき』
マユリアから伺ったこと、ルギから聞いたこと、それらを総合すると、神官長はマユリアを国王と同じく、この国の為政者の地位につけ、自分が背後からこの国を思う通りに動かしたいと考えている。自分が考えている形の国にしたいと思っている。キリエはそう判断した。
きっと、神官長は
女神と国王の婚儀、そのためには、マユリアがまだその座におられるうちに、女神でおられるうちに婚儀を済ませる必要がある。
すんなりと話を進めるために、神官長は国王陛下に手を貸していた。前国王から王位を奪い、マユリアに
そのために、陛下にマユリアを皇妃にすることを提案したのかも知れない。正式の婚姻であればマユリアも承諾するであろう、そう言って国王陛下の心を動かしたのだろう。
国王陛下はあくまでマユリアをご自分の元に迎えられればそれでいいとお思いのはずだ。だから、人に戻られた後でも構わない。当代マユリアという「人」を自分の妻に迎えられればそれでいい。
だが、神官長にはそれでは意味がない。だから、どんな手を使っても、マユリアがマユリアであられるうちに婚儀を飲ませようとするはずだ。そのためには、もしかすると、話してはいけない秘密をマユリアに話すかも知れない。
マユリアが人に戻られた後、どうしてもその秘密は知られてしまうことだろう。ご実家にお戻りになり、ご両親とお会いになった後には。それは仕方のないことだ。
だが、神でおられるうちには決して知られるわけにはいけない。秘密とは、そういうものなのだ。後で知るのなら今知ってもいいではないか、そういうものではない。
だから、交代のその前に、神官長をどうにかして押さえなければならない。
神官長を上から押さえられる立場にあるのは、この宮の主であるシャンタルとマユリア、国王陛下、それから自分だ。だが、言うまでもなく、シャンタルとマユリアにはそのようなことをしていただくわけにはいかない。お二人が動けるのは、神から託宣があった時のみだ。神から神官長に対する託宣がない限り、お二人には神官長をどうにもできない。
今の国王陛下は神官長を頼りとしている。これからも力を貸してもらうために、神官長をそばに置いておきたい。
では、自分がやるしかないではないか。
キリエはもう覚悟を決めている。
自分が、なんとしてでも、どんな手を使ってでも神官長を止めると。
ギリギリまで待つ。
キリエはそう決めていた。
あまりに早く動き、宮を混乱に陥らせるわけにはいかない。
ギリギリまで何もしない顔でいる。
神官長にはそんなことはお見通しかも知れない。
狐と狸の化かし合いはお互い様だ。
だが……
キリエはそこまで覚悟を決めていても、踏み切れずにいる自分に気づく。
『わたくしたちは神官長を止めなければならないのか、それとも、その道こそがこれからのこの国の進むべき道なのか』
マユリアのあのお言葉がどうしても引っかかる。
もしも、マユリアが神官長の望む道こそ正しいとお考えになったとしたら、その時、自分はどうすればいいのか。
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