8 遺恨

「大変です、前国王陛下が!」


 ある日の朝、「冬の宮」に軟禁状態なんきんじょうたいであった前国王が忽然こつぜんと姿を消し、知らせはすぐに息子である新国王に届けられた。


「一体何をしていた」


 国王は静かに怒りを押さえながら王宮衛士長に事情を尋ねる。


「はい、実は」


 衛士長の話によると、昨夜の最後の見回りの時までは、確かに国王の父である前国王は部屋にいたということだ。

 それが今朝、今日の当番である王宮侍女が朝の2つ目の鐘で前国王の部屋を尋ねると、部屋の持ち主の姿が見当たらない。そして代わりに……


「女が一名、その、室内で事切こときれておりました」

「なんだと!」

 

 さすがにこの報告には国王も声を高めた。


 新国王はいつも、侍女が寝室のベッドまで起こしに行かないと起きてはこなかった。それで当番の侍女もいつものように、声をかけて寝室まで入ったところベッドの上は空っぽ。手洗いにでも行かれたのかと待っていたが一向に戻ってこない。心配になって寝室から水場のある部屋の中に声をかけたが返事がない。もしかして中で倒れてでもいるのではないかと思い切って中に入ってみたところ、風呂場にも手洗いにもいない。慌てて報告のために寝室から飛び出すと、入って来た時には見えなかったソファの裏側に誰かが倒れているのを見つけ、見に行くと王宮侍女の衣装をつけた女が倒れていた、ということだった。


「まさか、父上がその者に何かしたということか」

「いえ、違います!」


 衛士長が慌てて説明するところによると、おそらくは自死だという。


「女の首からペンダントが下げられており、その中に毒薬を隠し持っていたようです」

「なんと」

「女の身元について調べましたところ、王宮侍女ではありませんでした」

「何だと、何者だというのだ」

「いえ、それが……」


 衛士長の説明によると、


「元・王宮侍女」


 だということだった。


「元?」

「はい」

「では、今は王宮を辞しているということか?」

「はい」


 女は中級貴族の娘で十年ほど前に王宮侍女として採用され、勤めぶりは真面目であったが、「ある理由」で三年前に勤めを辞することになったという。


「貴族と言ってもあまり裕福な家庭ではなく、娘が王宮侍女に採用されたことでずいぶんと家のためになったということです」

「そういう者が侍女を辞するなど、あまり聞いたことがないが」

「はい」


 王宮侍女は宮の侍女とは違い、採用されても一生を王宮に捧げると誓うことはない。続けるのも辞めるのも自由だ。

 今回不審の死を遂げた元王宮侍女のように、家のためにどうしても侍女となりたい者は、少しでも条件のいい結婚相手を見つけるためという目的があったりもするので、そのあたりは宮の「行儀見習いの侍女」と似ていないこともないが、違うのは上記のような点だ。王宮侍女には既婚者もいる。望めば結婚後も続けられる。

 もしも思ったような結婚相手を見つけられなくとも、よほどの失点がなければ辞めさせられることもないので、家のために一生勤めを続けることが多い。元々が王家への忠誠度が高い家庭の者が採用されるので、王宮も信頼して続けさせられる。

 そんな中、途中で辞めるというのは結婚して良い条件の家に嫁ぐことができたからという理由が主なのだが、この元王宮侍女の場合はそうではないようだ。


「ある理由とはなんだ」

「はい」


 王宮衛士長が言いにくそうにする。


「どうした」

「はい、それが」


 衛士長が国王にうながされ、やっと口を開く。


「その元王宮侍女の弟という者が、元・王宮衛士なのです」

「なんだと、姉と弟が揃って途中で勤めを辞したというのか」

「いえ、弟は罷免ひめんされたようです」

「罷免? 一体何をした」


 国王が驚くのも無理はない。

 王宮侍女と同じく、王宮衛士も家柄や忠誠心などを吟味して選んである。やはり生涯を通して勤め上げる者が大部分だ。よほどのことがなければ辞めさせられることもない。


「あの、それが」


 また衛士長が言いにくそうに続けた。


「あの、『衛士の入れ替え』によって辞めさせられたようです」

「なんだと?」


 国王がさらに驚く。

 衛士長が言っている「衛士の入れ替え」とは、この八年の間に国王が自分自身が動かせる者だけで王宮を固めるため、そうはならないような前国王への忠誠心が強すぎる者などは、何かの理由をつけて移動させたり、中には辞めさせた者もあった。


「そのうちの一人であったというのか?」

「はい」

「そのぐらいのことでか?」

「ええ、それですが」


 姉が王宮侍女として採用されたことで、弟もさしたる家柄ではないがなんとか王宮衛士として採用された。弟はそのことを大変誇りとし、一生を王家に捧げると公言してはばからなかった、それほど喜ばしいと思っていた。

 それが、さしたる落ち度もなく罷免され、弟個人だけではなく一族の恥となり、そのことでせっかく決まっていた縁談も姉弟きょうだい揃って破談となってしまった。

 絶望した弟は酒に溺れ、荒れた生活の挙げ句に街の片隅で行き倒れて命を落としているのを見つけられ、姉もそのことで恥を重ねたと勤めを続けられなくなり、王宮を辞したということだ。


「その恨みで今回のことを手助けし、当てつけのための自死ではないかと」


 もしもそうであるならば、なんとも皮肉な事実であった。

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