9 霧消

「では、その元王宮侍女が父を逃し、その後で自ら毒を飲んだ、そう言うのか」

「今の状況から推測しますと、そうではないかと思われます」

 

 死んだ王宮侍女は弟が誠心誠意から仕えていた前国王を逃すことで新国王への遺恨いこんを晴らし、その後で自らを口封じとしてその道を選んだのであろうという話になった。


「それで父上は見つかったのか」

「いえ、それが見つかりません」

「王宮から出られるはずがなかろう」

「そう思って今、徹底的に隅から隅まで捜索そうさくをしております」

「年寄り一人でどうこうできるものではない。おそらく他にも協力者がいるのだろう。皇太后や太皇太后たいこうたいごうはどうおっしゃっている」

「いえ、そちらにはまだ伺っておりません」

「許可する、すぐに後宮にいる者たちにも話を聞いてくるように」

「はっ!」


 王宮衛士たちは国王の許可を得て皇太后、太皇太后、そして皇后や後宮に残る前国王の側室たちにも話を聞きに行ったが、どの方たちも驚くばかり、とても前国王をかくまっているようには思えない。

 

 その後、王宮衛士たちは冬の宮を中心に、文字通り草の根を分けて人が隠れられるような場所、抜けられるような隙間などを探したが前国王の姿は見つけられない。

 

「そもそも冬の宮から出る道は一つだけだ。まさか、当番の王宮衛士たちが見逃した、もしくは逃したということはないだろうな」

「それはございません」


 当番の衛士は必ず3名一組で、冬の宮からつながる唯一の渡り廊下を四六時中見張っていたということだ。


「通常ならばそのような任務は2名一組のところ、無事に交代が終わるまではとわざわざ3名を組ませて見張らせておりました。その組み合わせも入れ替えて、3人が結託けったくしてそのような真似ができぬようにと、そこまで厳重に注意をしておりました」

「そうか」

「それに、もっと不思議なことがございます」

「なんだ」

「あの元王宮侍女ですが、誰も通ったのを見た者がおりません」

「なんだと?」

「いえ、正確には、それ以前に姿を見た者はおりました」


 元々冬の宮は離宮的役割のある建物で、常に誰かが滞在や居住をしている建物ではない。その時期に静かに暮らしたい引退した王族が余生を過ごすため、もしくは夏などの一時期を過ごす、そのような目的で建てられている。そのため、王宮の本体からは少し離れた場所に位置しており、屋根のある渡り廊下とだけつながっている。前国王に限らず、誰かを幽閉するにはもってこいの建物と言える。


「何しろ急なことでしたので、王宮侍女たちも急いで冬の宮の担当を決め、あちこちから交代で役目を請け負っていたような状態でした。そのために知らない顔が混じっていても特に不思議と思うこともなかったようで、これまでにちらちらとその者が冬の宮に出入りしているのを見たという者はおりますが、昨夜から今朝にかけては冬の宮に出入りするのを見た者はおりませんでした」


 なんとも不思議な話であった。

 八年前、いつか父王をこうする日のために新国王は色々なことを調べ、その上で冬の宮を幽閉場所と決めていた。思いもしなかった二年早い次代様のご誕生と、これも思いもしないあの朝の出来事があったために急なこととなってしまったが、それでも十分な準備はできていたはずだ。


「どこかに抜け道でもあるのか」

「王宮にも緊急の時の抜け道はございますが、そのどこにも使用された様子はあるませんでした」


 今回のクーデターを神殿の神官長に知らせる時にもそんな道の一つを使った。だが、冬の宮にはそのような道があるとの記録はなかったはずだ。


「捜索範囲をもっと広げろ。見つけるまで王宮の者の出入りを禁止する」

「はっ」


 国王の命令一下めいれいいっか、その瞬間から王宮の出入りは完全に禁止され、中にいる者たちにも色々と話を聞き、部屋を調べたが、どこにも前国王の姿はない。


「宮にも話を聞け」


 すぐさま侍女頭のキリエにも同じように王からの命令が伝えられ、宮も同じく封鎖するような状態で捜索を行ったが、王宮と違ってこちらにいるのは宮のあるじである2人の女神とその侍女たち、男が逃げ隠れするような場所などあるはずがない。


「神殿はどうだ」


 少なくとも1つは王宮とつながっている隠し通路があることから、そっと国王から神官長に問い合わせたが、


「あそこ以外に道はございません」


 との返事が返ってきた。


 そもそも神官長は国王を今の座に据えるため、何年もの間共に協力をしてきた仲だ、前国王を匿うはずもないだろう。前国王に復権してもらうと神官長の立場もなくなる。そんなことをする理由がない。


「一体どこへ行った、何をするつもりだ、誰が協力した……」


 その日から前国王の姿は雲散霧消してしまった。


「交代まで警備を厳重にしろ。父上は自分が王座に返り咲き、マユリアを我が物にしようとするはずだ。交代、交代か……」


 国王はマユリアとした約束、交代の後、一度は親元へ戻し、親の意見を聞いて判断をしてほしいと言ったことを後悔していた。


「もしも、親元へ戻ったマユリアを父上が強奪しようとしたらどうする」


 どうやっても父親を見つけ、その協力者も見つけ出さなければ。

 国王は絶対に手放すまいとするように、玉座の肘掛けをきつくきつく握った。

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