10 ルーク
封鎖の鐘から4日目の昼、ベルが家具職人の弟子としてリルと再会している頃、トーヤも神殿正殿に二度目の訪問をしていた。
(さあて、今日はどんな話を聞かせてくれるのかなっと……)
そう思いながら御祭神に手を触れると前回と同じく不思議な空間に浮かんでいた。
「よう、また来たぜ」
トーヤが声をかけるとまた光が震えた。
「そんで、今日はどんな話をしてくれるんだ?」
『さて、どんな話をいたしましょうか』
「お、神様結構ノリがいいな」
また光が震える。
「まあいいや。とにかく聞きたいことがあればまとめとけってことなんで、いくつか考えてきた。とりあえず、あんたが言ったように船に乗ってこっちに来たのは俺の意思だったって分かった。でも嵐に巻き込まれたい、死にかけたいなんてのは俺の意思じゃねえとも思う」
『果たしてそうでしょうか』
「へ?」
『ただ一人生きて流された、これはあなたの意思でしょう』
「おいおいおいおい……」
トーヤは困惑して返す言葉を考えた。
「なんか、あんたの言い方聞いてたら、他のやつらは生きて流されたいって思ってないみたいに聞こえるんだが」
『そうとも言えますし、そうではないとも言えます』
「またそれかよ」
トーヤが心底嫌そうにため息をつく。
「あのな、何回も言うけどよ、神様の考えることは知らねえが、人間様は誰だって死にたいなんて普通は思わねえもんだぜ?」
『そうとも言えますし、そうではないとも言えます』
「はあ……」
トーヤが声に出してため息をつく。
「どう言や話が進むのかね、全く」
また光が揺れる。
「なんか、おりこうな俺にも分かるような話のしてくれ方ってありませんかね?」
また揺れる。
トーヤが何を言っていいのか分からないまま黙り込むと、光が音となって降ってきた。
『ルーク』
「は?」
『なぜこの名を名乗ったのです』
「は?」
「ルーク」はトーヤが宮に潜り込むために使った偽名だ。
リル島のトーヤの港、オーサ商会のアロが、島を見つけた恩人だとトーヤの名をつけたこの港の名前から、妙なことになってはたまらないとディレンに手形を切り直してもらったら、ベルと共謀してよりにもよってこの世で一番呼ばれたくない名前で呼ばれることになったもので、それも偽名だとしてその名を名乗ったのだ。
「なんでって、ルークなんてそのへんのどこにでもあるありふれた名前じゃねえか」
確かにそうだった。「シャンタルの神域」ではどうだか分からないが、「アルディナの神域」ではトーヤよりよくあるありふれた名前だった。
「実際に今までだって何人も知り合ったぜ」
『そのようですね』
「って、知ってんのかよ。あんた、一体どこからどう俺のこと見てたんだ?」
また光がさざめくように揺れた。
「俺が生まれた町の悪ガキにもいたし、その後で戦場稼ぎしてた時も、傭兵やってた時にもそりゃもうあっちこっちにいた。けどそれがどうした?」
『なぜこの名を名乗ったのです』
トーヤのひとりごとのようなつぶやきを聞いているのかいないのか、光がもう一度同じことを聞く。
「なんでって……」
どう聞かれても「ありふれた名前だから」としか答えられないような気がする。
「うーん、ルークルーク、と……ルーク」
そこまで考えてトーヤはハッと思い出した。
「いたな、ルーク……」
そう口にしてゾッとする。
「いた、船に……」
トーヤが乗ってシャンタルの神域に向かい、そしてカース近くの海で沈んだあの船、あの船にもいたのだ、ルークが。
「まさか、あんたが言ってるルークって……」
そうだというように光が震えた。
今度の波は鎮魂のようにも感じた。
トーヤは思い出していた。
海賊船に乗るには似つかわしくないような、トーヤより少しばかり年上の若い男を。
ルークという名で、今はカースの墓地に眠っている男のことを。
「ルーク」
もう一度その名を口にして背中に寒いものを感じた。
割りと年が近かったことから結構よく話をしていたと思う。
だがすっかり忘れていた、そんな人間がいたことを。
トーヤは黙ってルークのことを考える。
「てっきり」
思い出しながら、それが怖いように感じて他のことを口にする。
「ルギから変わってもあまり違和感のない名前がなんかないか、そんで思いついたんだとばっかり思ってた……」
そうではないと今ではおそらく気がついた。
あの時、嵐に巻き込まれて意識を失う最後の最後、トーヤの記憶に残っていたのはそのルークの顔であった。
『思い出しましたか』
トーヤの心を読むように光が降る。
「ああ……」
思い出したのだ、何があったのかを全て。
嵐に振り回された船から放り出され、トーヤは必死につかまる物を探した。何かにつかまらないと海の底まで引きずり込まれてしまう。頭ではなく本能でそう思っていたと思う。
やたらめったら水をかき、必死に海上に顔を出して空気を吸う。
そんなことを繰り返していたら、ある一枚の板、おそらく船の戸棚の扉か何かが外れたものだろう木の板が目の前にあった。
必死に手を伸ばしてその板をつかんだら、その正面にいて同時にその板をつかんだのがまさにそのルークであった。
おそらくその板に2人はつかまっていられない。
どちらかが手を放さなければ共倒れだ。
お互いにそう思ったはずだ。
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