6 思わぬ異議

「そんなはずがありません!」


 アーダがらしからぬ大きな声でそう言って立ち上がった。


「今、離宮に次代様の親御様がご滞在中です! それにマユリアの次にはそこにいらっしゃるご先代と当代もちゃんとお生まれになられています! 決してシャンタルの親が生まれぬなどということはございません! ありえません!」


 やわらかく控えめで、いつもじっと皆の声を聞く立場であったアーダが興奮気味で光に異議を申し立てる。

 宮の侍女であるアーダにとっては、シャンタルが生まれぬ未来などというものは到底受け入れられるものではないのだろう。自分が知る事実を口に出して確認することで光の言葉を否定しようとするかのようだった


「アーダ様」


 ミーヤが立ち上がりアーダの肩にそっと手を添える。


「この後でその続きのお話をしてくださると思いますよ。座って続きを聞きましょう」

「ミーヤ様……」


 アーダが同じ侍女であるミーヤにすがるような目を向けたが、その表情に何かを察するように、


「ミーヤ様、もしかして、何かをご存知なのですか?」

 

 そう聞いた。


「ああ、ミーヤは知ってる。八年前に俺が話した」


 ミーヤが答える前にトーヤがさっと返事をする。


「他にはアランとベルとディレンも話してある。ダルとリルにはなんも言ってなかった、すまん」

「トーヤ!」


 ダルが驚いて声を上げるが、


「色々聞きたいことはあるけど今はそれどころじゃないでしょ、後でゆっくり聞かせてもらうわ。話を続けてちょうだい」


 と、リルが少し固い声でそう言う。


「さすがリルだ、助かるよ」

「後で覚えておいてね」

「おお、おっかねえな、おっかさん」


 冷える空気の中でのそのやりとりに、トーヤは少しだけ心が緩んだ気がした。


「まあ、そんだけの人間には話してある。そんでそれは俺が八年前にある人から聞いた話だ」

「それがわしじゃ」

「じいちゃん!」


 トーヤの横にゆっくりと立ち上がった老人に孫が驚きの声を上げた。

 カースのダルの実家にいる家族も皆、驚いて家長である村長を見上げている。


「おそらくそのことじゃろうが、トーヤ」

「ああ」

「なんだよそれ! 俺、なんも聞いてねえぞ!」

「すまんなダル。何しろわしも聞いた話でな、本当かどうかは分からんかった。だがな、トーヤの持ってきた話を聞いて、これは話さんとあかんじゃろうと判断してトーヤにだけ話すことになった」


 村長が申し訳無さそうに孫に言う。


「じいちゃん……」

「本当ならな、墓まで持っていこうと思っておった話じゃった」

「まあ、そういうことなんですまんなダル」


 トーヤが村長に言葉を添えて孫との会話を終わらせた。


「ってことでな、俺もそのことについちゃあ、なんでそういうことになってるとかさっぱり分からん。ただ、そういうことがある、そう知ってるだけだ。だから聞きたい、それがどういうことなのかな」


 トーヤが厳しい目を見えない誰かに向けた。


「さあ、続きを頼むぜ」


『分かりました』


 光が覚悟を決めたようにそう答える。


『もうこの後は誰もシャンタルの親たる者は生まれてこない、これは確かなことなのです。マユリアの両親は最後のシャンタルの親なのです』


「ですが!」


 やはりアーダが気色ばって声を上げるが、


「アーダさん、とりあえず落ち着いて聞きましょう」


 今度はアランがそう言って声をかけ、


「落ち着いて、座ってください」


 ミーヤと一緒になってアーダをそれまで座っていた椅子に落ち着かせる。


「頼みます」

「はい」


 ミーヤがアーダの隣に座り、両手でアーダの両手を握り、力をこめた。


「いきなりそんな話を聞いたら驚いて当然だと思います。ですが、とにかく今は話を聞いてしまいましょう。時間がありません、ね?」

「ミーヤ様……」


 ようやくアーダはこっくりとうなずいた。


「よろしくお願いいたします」


 今度はミーヤがそうして光に話をうながした。

 光が柔らかく、アーダを癒やすようにゆっくりとまたたく。


『マユリアを生んだ女性が最後の親御様、この事実を変えることはできないのです』


 今度は誰も何も言葉を発さず光の次の言葉を待つ。


『ですが、マユリアが親御様の最後の子というわけではないのです』


 トーヤから「そのこと」を聞いていない者たちがざわめく。


「あの、それってあの、まさか、あの……」


 リルが、その身内みのうちに4人目の子を抱くリルが思わずそう言って言葉を途切れさせた。


『その通りです』


 光が戸惑うリルを優しく包むようにそう瞬いた。


『マユリアの親はその後の次代様たちの親でもあるのです』


「ああ、そんな……」


 やはりそうであったかとリルが小さく嘆息たんそくし、


「最後のシャンタルの親、そう、そうなのね、事実なのだわ」


 両手で顔を覆ってしまった。


「リル!」


 そばにいたダルが心配そうにリルを見ながら、こちらも人の親であるダルにも理解できてしまったようだ。


「そうだ」


 トーヤが淡々と八年前に聞いた言葉を口にする。


「マユリアの親と『黒のシャンタル』の親御様は同じ人物だ。俺が聞いたのはそれだった。そして当時の次代様、今の当代シャンタルの父親に会って確かめた。当代の親も、離宮で次代様の出産を待つ今の親御様も同じ人物だ」

「そんな……」


 アーダが座ったまま弱くそう口にした。

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