8 青い小鳥の伝言
アベルことベルはなんとか家具職人の弟子であることをマルトに伝え、なんとかリルの話に持っていこうと思っていたのだが、あちらがお茶に誘ってくれた上にミーヤの話も持ち出してくれたのでホッとした。
「ほんっと、すごい偶然だよ。それでお兄さんは奥さんのお友だちってことはその何さんだっけ」
「ミーヤさん?」
「うん、そうそう、そのミーヤさんと会ったことあるの?」
「あるも何も、ミーヤさんもうちの奥さんと一緒に月虹兵の担当の侍女だからね。仕事も一緒にしてるよ」
「へえ、ますますすごい!」
アベルは目をまん丸にして驚いて見せる。
「父ちゃんと母ちゃんに言ったらびっくりするだろうなあ、そんな偶然」
「かも知れないね」
「うん」
そう言ってお茶を飲み干すと、
「ごちそうさまでした。あんまり遅くなると親方が心配するから帰るよ」
「ああ、引き止めて悪かったね」
「ううん、全然全然」
アベルはそう言ってにっこり笑うと、
「そんじゃミーヤさんのお友達の奥さんによろしく言っといてください。元気なかわいい赤ちゃんが生まれますようにって。あっ!」
アベルはそう言ってごそごそと斜めがけにしていた小さなカバンから何かを取り出した。
「これ、安産のお守りに奥さんにあげてください」
「え?」
そう言ってストンとアベルの手の上に落としたのは木彫りの小さな小鳥であった。
いかにも子どもが彫ったような荒削りな作品。そしてある特徴があった。
「へえ、青い小鳥」
「うん、かわいいだろ? おれが彫ったの」
木彫りの小鳥は青く塗られていて、黒いまん丸な目がくるくるとマルトを見つめていた。
素朴だが愛嬌があってなかなかかわいらしい。
「え、いいの? 君の大事な物じゃないの?」
「うん大事だよ。だから奥さんにあげたいと思ったんだよ」
「え、でも」
「いいのいいの。なんかさ、話聞いてあんまりびっくりしたから。きっとそいつも奥さんのとこに行くのうれしいと思う」
「そうなのかい?」
「うん、もらってもらいたい」
マルトはもう一度青い小鳥をじっと見てみた。
背中に金具が付いていて、そこにひもか金具をつけてぶら下げるような形になっている。
「そうかい? それじゃあそう言って渡すよ、ありがとう」
「いや、こちらこそごちそうさまでした。そんじゃまた!」
アベルはペコリと頭を下げて礼を言うと、元気よく店先から飛び出して行った。
その夜、マルトはオーサ商会を尋ねた時に、今日出会った家具職人師弟のことを妻に話した。
「へえ、そうなの。すごい偶然もあるものね」
リルは素直にその話を信じた。
「そうだろ? それでね、これ」
マルトがハンカチに包んで持ってきたアベルからのプレゼントをリルに見せると、リルが一瞬驚いたように見えた。
「どうかした?」
「う、ううん、いきなりかわいい子が出てきたからびっくりしただけよ」
リルは急いで夫に笑顔でそう答えた。
「かわいいよね。ほら」
マルトはリルの手を広げて握らせる。
「安産のお守りにって。またいい子を産んでください」
「あら、当たり前よ、上の子たちと同じくかわいくて賢くていい子よ絶対」
リルの言葉にマルトは照れくさそうに、うれしそうに笑った。
「また連れてくるよ。今日は親父たちと一緒に家で留守番してる」
「そう」
リルは少しだけさびしそうにそう言うと、
「じゃあ帰ってあげて。子どもたちによろしくね」
そう言ってマルトを送り出した。
そうしておいて、ゆっくりと家具職人の弟子だという男の子、アベルからの贈り物を見た。
似ている、つい最近ミーヤから見せてもらったフェイの青い小鳥に。
もちろんこちらは拙い木彫りの小鳥であるが、その丸い体、丸い目、そしてその青い色。それから背中に付いた金具。見れば見るほど特徴が酷似している。
「アベル……ベル……」
一つの仮説を立ててみる。
これはもしかするとベルからの伝言なのではないだろうか。
そうして今の居場所を教えてきているのかも知れない。
だとしたら、このラデルという家具職人の家を訪ねたいが、今の自分の体調で一人で行ってみるというのはなかなか難しい話だ。何より目立つ。こっそりと顔を隠して、そして、もしかすると付いてるかも知れない宮からの見張りの目を盗んでというのは無理だろう。
「ちょっと考えないとだめね。本当だったらダルに頼みたいところだけど……」
ダルにも監視が付いていると考えた方が無難だろう。
昨日、ダルが一応トーヤと決めていた場所に行ってみたらトーヤはおらず、そしてどうも衛士らしき人間の姿を見つけたと言っていたからだ。
(マルトに事情を話せたら楽なんだけど、さすがにそれはできないし)
口に出さずにそう考える。
たとえ夫婦でも宮のあんな大事件のことを話せるはずもない。もちろんダルもアミやその他の家族に話していないと言っていた。
『婆ちゃんにだけはラーラ様のことを話したんだけど、婆ちゃんは絶対他の人には話さないって信じてるし、それにあの時には話すしかなかったんだ』
と言っていた。
自分もマルトはそんなことを口外する人間ではないと信じているが、だからといっていくら考えても話せるものでもない。
「どうしようかしら……」
リルは一つため息をついて考え込んだ。
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拙作「青い小鳥」でリルはこの青い小鳥を見ています。
お正月の閑話として書いた息抜きのようなお話です。
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