9 職人師弟

 翌朝、オーサ商会からマルトの店に連絡があり、丸顔の店主は急いで妻の実家へと向かった。


「びっくりしたよ、何かあったのかと思った!」

「そうよ、あったの、あったのよ、いいことなの」

「いいこと?」

「ええ、あのね、こんなかわいらしいお守りをいただいて思いついてしまったの。子どもたちにもこんな素敵なお守りを作ってあげたいの」

「子どもたちに?」

「ええ、そう。うちの子たちとダルとアミの子どもたちに。封鎖で会えなくてきっとさびしく思っていると思うの、あんなに仲がいいんですもの。その家具職人の方にお揃いのお守りを作ってもらうというのはどう?」

「うわあ、それはいいな、素敵な思いつきだと思うよ! でも家具職人ってそういうの作れるの?」

「ミーヤのおじいさまが宮に入ったミーヤにって色々作って送ってくださってたそうなの。だからきっと大丈夫よ。それにその子、アベル? これを作ったのもその練習のためもあるんじゃないかしら」

「なるほど、ありそうだ」

「そうでしょ?」

 

 リルは得意そうに鼻を持ち上げる。


「でね、そのこと、ダルには内緒で進めたいのよ」

「隊長には内緒? どうして?」

「ダルも驚かせたいのよ。ダルは今、家に帰れない状態でしょ? だからいきなり言ってびっくりさせて、喜ばせてあげたいの」

「なるほど」


 その日の午後、マルトはラデルとアベルを妻の実家に送り届け、自分は理由をつけてダルを連れて家へと戻っていった。


 案内されてやってきた家具職人の弟子を見て、リルは予想が当たっていたことにホッとしたものの、まだ事情が分からないので知らぬ顔で師弟をじっと見ていたが、


「さすがリルだ、絶対分かってくれると思ってた」 


 ベルがニヤリと笑ってそう言い、


「やっぱりそうだったのね、よかった」


 リルとベルは手を取り合って喜び合う。

 だが……


「あの、申し訳ないのですが、あの、ラデルさんでしたかしら、一体この子とはどういう関係でいらっしゃるんでしょう」


 リルが、それでもベルの名前を伏せながらはっきりと尋ねる。


「あ~それなんだけど、う~んと」


 ベルはどう説明したものかと少し悩む。


 リルに会いたいと言ったものの、リルにラデルをどう説明するかについては少しばかり意見が割れていたからだ。

 ラデルは当代シャンタルの実父であり、八年前の出来事も黒のシャンタルの存在も、ほぼ全てのことを知っている。

 一方リルにはまだ話せていないこともある。そのことを伏せたとしても、当代の父親だと言っていいのかどうかは判断に困る。


「だから、まあそうやってリルさんと会えたとしてもだな、ラデルさんのことをどう説明すんだよ」

「それはまあ会ってからのことでいいじゃん。今はまずリルに会うことからだよ」

「おまえなあ、そんないい加減な」

「いいんじゃないの?」


 シャンタルが兄妹の言い争いに言葉をかけた。


「おい、シャンタルまで」

「じっとしていてもどうにもならないからねえ」

「いや、だからってな」

「ベルの言う通り、動かないと何もどうならないよね。でもアランが言う通り、ラデルさんのことを言っていいのかどうかもまだ分からない。だから、会うだけ会って説明は後にしたら?」


 と、女神様のありがたい一言であっさりとそう決まってしまった。


「とりあえず家具職人さんだよ、うん」

「本当の職人さんなの?」

「ええ、それは本当です」

「だったらますますどうして、だわ」


 リルはきゅっと眉を寄せた。


「ごめんリル、今はまだ話せないんだ。もうちょい待ってくれる?」


 ベルはそう言ってぶんと振るようにして頭を下げた。


「分かったわ、まだ『時が満ちていない』そういうことね」

「うん、そうそう、そういうこと」

「多分トーヤがそう言ってるんでしょ」

「そのトーヤなんだけど、実は宮に戻ってるんだ」

「え?」


 リルが目を丸くして驚く。


「え、え、えっと、ああして逃げ出して今日で何日目? えっと3日目? 一体どうやって戻ったの?」

「うーん……」


 ベルが目をつぶって少しだけ考え、


「とりあえず話せることだけ話せばいいんじゃないのかな」


 ラデルが弟子にそうアドバイスする。


「そして師匠の私はご依頼いただいた仕事を仕上げる、それでいいかな」

「師匠……」


 ベルがうーんとラデルを見上げ、


「うん、分かりました。それが一番いいように思う」

「じゃあまずご注文をお聞きします、奥様」

「分かりました、それでは」


 と、リルがどういう物を作ってほしいかをラデルに注文し、師匠だけが注文を聞いて店に帰っていった。


「さ、後はゆっくりと何を話せて何を話せないかを考えながら教えてくれる?」

「うん、分かったよ」


 話がそう決まり、リルは家の者には、


「ミーヤの故郷の出身の子なんですって。こんなかわいい物をいただいてしまってね、色々と話をしたいから今日は預けてって師匠にお願いしてしまったの」


 と伝え、ベルは、


「お世話になります」


 と、男の子らしくペコリと頭を下げ、オーサ商会に泊まることになった。


「まず伝えておかないといけないことがあるの。ミーヤが今懲罰房に入れられているの」

「なんで!」


 リルがベルたちが去った後で何があったかをベルに話して聞かせた。

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