13 助け手の真実
不思議な空間に浮かぶ王冠を頂いたマユリアの姿は
トーヤの声の後は誰も何も言わず、じっとその姿を見つめるのみ。視線の先の女王となった女神はただ慈悲に満ちた微笑みを浮かべている。
『あくまで可能性です』
光の声にみなはハッと現実に引き戻される。
『今のまま進み続ければマユリアの望む通り、この通りの未来がやってくる可能性がある』
女王である女神はただただ優しく微笑み続ける。
『よく見てください』
光の声に輝く女神から視線を動かし、
「あっ!」
まず声を上げたのはベルだ。
「シャンタル……」
光り輝く女神の足元に、銀色の髪、褐色の肌を持つ麗人が倒れている。両の目は閉じられ、深い緑色の瞳は見えない。
「こ、これ一体……」
ベルがそこまで言うとゴクリと言葉を飲み込んだ。
「死んでるんだよな」
アランが冷静な声で続ける。誰がどう見てもそうとしか見えない。
「これは私、そして命を失っているということ?」
未来に倒れ伏す自分を見てシャンタルが光にそう尋ねる。
その声には驚きも恐れもなく、ただ目の前にある映像に対して、素直に疑問を口にしているだけにしか聞こえない。
『可能性です』
光がもう一度言う。
「その可能性の中で、こいつは、シャンタルは一体どうなってるってことだ」
トーヤがキリキリと研ぎ澄まされた刃物を突きつけるように、だがそれでも可能な限り穏やかに光に尋ねた。
『八年前のこと』
光が感情を交えず、お告げを告げる巫女のような響きで語り続ける。
『聖なる湖でのこと』
誰もがどのような出来事のことであるかを思い浮かべる。
『あれは、マユリアが黒のシャンタルを我が物にせんとしてのことでした』
空気が静かにどよめく。みなが声にならない声をあげたようだ。
「シャンタルは、そしてマユリアは慈悲の女神のはずです、そのマユリアがどうして!」
「リル、ちょっと落ち着け」
リルの肩をダルが優しく押さえて落ち着かせる。
「だって、そんな!」
「私も信じられません、なぜそんなことが」
「あんまりです!」
我が主を心から信じる侍女、ミーヤとアーダも続けて光に言葉をぶつける。
『マユリアが当代の体、わたくしの半身に入って感じたこと』
『これこそが神である』
『次代の神』
『慈悲の神』
『今は人の身として人の世に生まれ出でたとしても、元の身は違う』
『そのことを衝撃として受け止めたのです』
「それはさっきも聞いた。それが最初の一滴だよな。んで、マユリアはその一滴をどうしたんだ」
トーヤだ。
『そのままに』
「そのまま?」
『衝撃を受けたことをそのままに』
「つまり無視したってことか」
『それが一番ふさわしい言葉かも知れません』
当代マユリアの中の女神マユリアは、衝撃を受け止めたものの今までと変わらぬ自分であり続けたということか。
「なかったことにして、今まで通りに自分の役目を受け止めたってことですか」
ディレンが淡々とそう尋ねる。
「それがまあ一番の道ですよね、どう思ってもどうしようもないことになっちまったら」
アランも続ける。
『そのようなことなのかも知れません』
『その時のマユリアは静かに自分の使命を果たそうとしていたように思います』
『ですがその十年後、今度はまた違う衝撃を受けました』
「
トーヤがちっ、と吐き捨てるように言う。
『そうです』
『それまで封じ込めていたマユリアの心』
『
『その想いに侍女の黒い想いが穴を空けたようです』
「なんとなく分かった」
トーヤが忌々しそうに続ける。
「つまり、自分とあんたの立場の違いを知ってびっくりしたが、その時には見ない振りをして済んでいた。そこに性悪なお姉様方の黒い感情、悔しいとか憎いとか恨みとか、そういうのが刺さって傷が開いた、そういうこったな」
『そう言っていいのだろうと思います』
二千年の間、
「多分、直接人から尊敬の目で見られることが多いだけに、自分はあんたと同じぐらい尊い、そう思ってたんだろうな。だが違う、自分はどこまでいってもあんたの侍女で、あんたが尊敬されるからそばにいる自分にも人は尊敬の目を向ける、そんな感じか」
「そんな、マユリアがそんなことを思われるなんて信じられません」
トーヤの言葉にミーヤが反論する。
「普通ならそんなこと思いもしないんだろうさ、何しろ慈悲の神様の一人だってんだから。けどな、白い物ほど黒に染まりやすい、きれいな物ほど
「そんな……」
ほんの少し前、前日に「半分の葉」と「最初の一滴」の話を聞いたばかりのミーヤには、まだ受け止めきれない事実であった。
「だけど、それが事実なんですよね……」
「そういうこった」
トーヤが一言だけそう答えた。
「それでどこをどうしてか分からんが、もう半身である黒のシャンタルを聖なる湖に引きずり込んでやろう、そう思ったのが八年前のあの事件で、それを邪魔するために俺を、助け手をあんたがここに呼んだってことなんだな」
それが八年前の真実のようだった。
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