15 トーヤの焦り
「暇だな」
一方こちらはダルとは対照的に暇を持て余しているトーヤたちだ。
「ほんっとひまだな」
ベルも大きくあくびをして、応接のソファにごろっと寝転がった。
この状態の中でのんびりしているのは特に本人たちのせいではない。動くわけにも外に出るわけにもいかないからだ。
「そういやシャンタルはどうしてる」
「寝てる」
聞くまでもなかった。
戦場にいる時、場合によっては待つというのも作戦のうちだったりする。だからトーヤたちは待つのにも慣れている。慣れてはいるが、いつもはそういう場合には、味方陣地で身を寄せ合うようにしていたり、時には
「なあアラン、ちょっと外の様子見てきてくれよ」
「さっきも見てきたけど、あんまり変わりなかったぞ」
「だよなあ」
ダルもちょっと寄っては様子を知らせてくれるのだが、何しろ陳情書の始末と王都の揉め事を収めるだけで手一杯の状態らしい。
アルロス号の中の様子は、宮と船を行き来しているハリオから聞くが、ディレンはトイボアに付きっきりで宮に戻ることは少なくなっている。
「宮の方のうごきも少ないよなあ」
ベルがそう言って、テーブルの上にあるいつもの焼き菓子に手を伸ばす。今はディレンが部屋にいないので、アランとハリオの2人分の食事を5人で分けて食べることが多い。それでも十分な量はあるのだが、ミーヤとアーダが気をつかい、お菓子を切らさないようにしてくれている。リルからの差し入れもある。
「こうやって食って寝るしかできねえなんて、おれ、だめになっちまいそうだ……」
「そう思うならおまえもトーヤ見習って、いつでも動けるように訓練でもしとけ」
「いてっ!」
寝そべってお菓子を食べているとアランにはたかれた。
トーヤは部屋の中でも訓練を欠かさない。これは、八年前に宮にいた時にもそうだった。嵐の海から助けられた後、体調が整ってくると、ミーヤたち侍女が下がるのを待ってから、室内で色々なことをして体を動かしていた。子どもの頃からの習慣でもあり、生き延びるために必要なことでもあったからだ。やらないと気持ちが悪い、そんな感じか。
もちろん、室内でこっそり動くのと、外で堂々と動くのとではやれることが違ってくるが、それでもやらないという選択肢はない。足りなくても何かはやっておく。
「そんなことしてたらいざって時に動けねえぞ。第一ちょっと太ったんじゃねえか?」
「え!」
兄にしみじみとそう言われ、急いでベルが起き上がって体のあちこちを見る。
「まあ、そんなに太ってはねえけど、確かにちょっとは動いてねえと動けなくなるかもな。それじゃ困る。久しぶりにちょっとしごくか」
「げ!」
「アランは外に出ては、衛士たちとなんやかんややってるからな。俺とおまえはこうでもしないと、体がなまる」
「うええっ!」
逃げようとするところをとっ捕まえられて、トーヤに格闘技で締め上げられた。もちろん、外には聞こえないレベルで、だが。
「よし、こんなもんかな」
「な、なにがこんなもんだ……」
すっきりした顔のトーヤとは反対に、床の上でベルが洗ったばかりの洗濯物のように伸びている。
「さてと、ちょっとは汗かいたし、風呂入って昼寝でもする」
トーヤは一つ伸びをすると、そう言って主人用の風呂へ行ってしまった。
「ちっきしょートーヤのやつ……」
「大したことしてねえじゃねえかよ」
「んなことねえよ!」
「いや、おまえなまってる。前はそのぐらい平気で動いてたぞ」
確かにそうかも知れない。何しろ、シャンタリオに来てからしばらくは、「エリス様」の侍女としてほとんど動くことがなかった。動いてもゆっくり、お上品にしゃなりしゃなりと歩かなくてはいけなかった。
「それにな、そのぐらいの相手してやれって。トーヤも焦ってんだよ」
「トーヤが?」
「ああ」
アランの言う通り、トーヤの心の中は焦りでいっぱいだった。一体何をどうすればいいのか分からない。八年前はまだやることが分かっていたが、今回は託宣もなく、導く人もいない。
トーヤはここへきて初めて、シャンタリオの人たちの気持ちが分かった気がした。託宣を求める気持ちが。
『運命とは、そのどこにあるのか分からない場所のようなものです。その場所へ至る道をご存知なのは天だけ、みんな知らないままにその道を進みます。先に何があるか分からぬまま』
八年前、ラーラ様がそう言っていた。
とりあえず今は交代を無事に終わらせることだけを考えよう。そう思ってはいるが、そのために何をすればいいのかがさっぱり分からない。待つしかできない。だが、待つことが正しいのかどうかも分からない。
本当は今すぐにでも神官長を締め上げて、何をやっているのかを白状させたい。そうして宮の中を元の通りに戻したい。だが、それは一番やってはいけないことだと分かっている。それはおそらく、一番間違った道だ。
「くそっ!」
トーヤは一言そう言って、湯をためた浴槽に頭まで浸かった。せめてさっぱりと汗を流すことで、少しでも気持ちもさっぱりさせようとするように。
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