7 女神の統べる国
驚きのあまりルギは言葉も出なかったが、それでも表情を動かすことだけはかろうじてせず、黙って神官長の言葉を聞いていた。
「マユリアこそ、この美しい国を
神官長の瞳がじっとルギの瞳を見つめる。
「思われませんか?」
ルギはさっき一瞬動揺したものの、すでに自分を取り戻している。静かに黙って神官長を見るだけだ。
「思われませんか?」
神官長が
「おっしゃる意味を理解しかねます」
「本当ですか?」
神官長が自信に満ちた表情で笑う。
「あなたには一番理解していただけると思っておりましたが」
ルギは答えない。
「この国を
ルギには答えられない。
しばらくの間、黙ったままルギと神官長は互いの顔をじっと見ていたが、やがて石のように動かないルギを見つめながら、ゆっくりと神官長がほんの少し重心を椅子の背もたれに移動した。
「まあ、すぐにお返事をと申してもなかなかむずかしいでしょうな」
ルギは黙ったまま微動だにしない。
「ですが、申しました通りに時間がないのです」
ルギは答えないが神官長は一人で話を続ける。
「当初の予定では、取次役となったセルマがマユリアのおそば近くに控え、キリエ殿より親しい存在になるはずだったのですが、いやはや」
神官長が困ったように首を左右に振る。
「あの鉄の塊のような、そしてもうすぐに北の離宮に入られるお方のどこを、そこまで信頼されておられるのやら」
ルギは答えない。
「しかし、セルマのように生真面目でまっすぐな新しい侍女頭がその席に着いたなら、マユリアのお気持ちも落ち着かれることでしょう」
「キリエ様が次の侍女頭にセルマ様を指名なさるとお思いなのですか」
「いいえ」
神官長が淀みなく答えた。
「ですが、もうあのように年老いた、そして病を得て寝付かれるような方のご意見など不要でしょう。神殿から次の侍女頭を指名いたします」
やはりそのつもりであったのか。
「それは難しいでしょう」
ルギがきっぱりと否定する。
「セルマ様は今、キリエ様への傷害の容疑で身柄を確保されている立場です。そのような立場の方が侍女頭に選ばれることなど、あってはならない」
「それも全ては宮のためを思っての行動です」
神官長が微笑みながら答える。
「そもそも、すべての始まりは、あのエリス様ご一行です。何が目的かは分かりませんが、身元を偽り、この宮に入り込んだ。そしてその身柄の引受人はキリエ殿です。あのような目にあったのも、いわば自業自得です。それに、そのような者たちをおめおめと神聖な宮に引き入れるような、見る目のない、おそらくは年齢のために判断力の衰えた
神官長がさらに身を乗り出し、お告げのようにおごそかに宣言する。
「シャンタルの交代の前に、まずは侍女頭の交代を終えてしまいましょう」
ルギは一言も発さず身動きもしないが、神官長は広場いっぱいの聴衆を前に演説をするように、悠然と話を進める。まるで、全てがもうそう決まってしまっているかのように。
「セルマがあの青い香炉を持って行ったのは、エリス様ご一行の犯罪に気づいたからです。それから、その原因を作ったキリエ殿に少しばかり罰を与えて身の程を知らせ、自ら引退を言い出すようにとの気持ちから、つまり、好意からです」
「それのどこが好意なのです」
「好意でしょう」
神官長がふっと笑いながら言う。
「あんなどこの誰やも分からぬいかがわしい者どもを神聖な宮に引き入れた罪、それを断罪されて侍女頭の座を追われるより、潔く自ら身を引く方がこの後のそう長くはない残りの人生、ゆったりと生きられましょう。白い目にさらされて身の置きどころがなくなる前に、せめてそういう道を敷いて差し上げたい、そういう思いもあったのではないかと思いますよ」
ルギは言葉をなくしていた。
元々寡黙であまり感情を表わすことがないルギではあるが、怒りが噴き出しそうで口を開くことができない。
神官長はルギの気持ちなどどうでもいいかのように話を続ける。
「焦りからの少しばかり早計な行動ではありましたが、セルマのその行動のおかげで話がうまく進みました。侍女頭の交代を終えたら、シャンタルの交代の前に、今度はマユリアの後宮入り、いえ、違いますな」
神官長が幸せそうな笑みを浮かべる。
「マユリアの皇妃としてのお輿入れの話を進めましょう。そのために、隊長にもお願いしたいことがございます」
神官長がもう一度重心を少し背もたれから浮かせ、ほんの少しだけルギに顔を近づける。
「隊長からも、どうぞマユリアに国王陛下との婚儀を受け入れるように説得をお願いいたします」
今まで聞いた中で一番ルギを驚かせた言葉だった。
「よろしいですかな、すべてのことはエリス様ご一行の仕業、セルマは冤罪で一時的に拘束されただけに過ぎない。キリエ殿はその責任を取って辞任、セルマが侍女頭となり、マユリアが皇妃となる一切の儀式は神殿によって執り行う。これはもう決まったことなのです」
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