18 マユリアの宮殿

 小さな主の質問に、マユリアはゆるやかに微笑みを浮かべた。


「シャンタル、わたくしのことをそんなにご心配してくださったのですね、ありがとうございます。そしてご心配をおかけして申し訳ございません。ですが、ちゃんと行く先は決まっておりますのでご安心ください」

「そうなの?」

「はい」

「では、どこに行くの?」

「それは……」


 マユリアは少しだけ考えるようにしたが、これは正直に答えるしかない。シャンタルの質問は、たとえ相手がどれほど幼い方だとしても神の問いかけである、ごまかすことも答えぬこともできない。


「はい、交代が終わったら、わたくしは客殿に滞在することになっております」

「客殿にですか?」

「はい、準備ができるまでそこに滞在し、新しい行き先が完成したらそちらに移ることになっております」

「新しい行先?」

「はい」

「新しい行先ってどこ?」


 この質問にもマユリアは少しだけ答えにくそうにするが、答えないわけにはいかない。


「今の宮の王宮寄りに、新しく建物を建てていただくことになっております」

「そこがマユリアのおうち?」

「そうなりますか」

「どうして新しいおうちを建てるの? 宮にはたくさんのお部屋があるのだから、そのどこかに住むのではいけないの? わたくし、マユリアとだったら一緒のお部屋でも構わないのに」


 マユリアは少しだけ小さなシャンタルから身を離すと、その建物について話を始めた。


「ここは、宮はシャンタルのおうちになりますでしょう?」

「ええ、そうね」


 宮の正式名称は「シャンタル宮」、つまり女神シャンタルが住まう宮殿という意味だ。マユリアの宮殿はあるが、それはシャンタルにお仕えする侍女の女神マユリアの控える場所、シャンタル宮ありきのマユリアの宮殿で、マユリアのための宮殿ではない。


「わたくしはマユリアでありながら、これまでのマユリアとは違う立場となります。そのために、王族の一員となった女神マユリアのための宮殿を建てていただくことになりました」


 シャンタルはそのことについて少し考えていたが、


「その新しいおうちはシャンタルのおうちと同じ場所にできるのだから、マユリアは交代の後もずっとここにいらっしゃるということよね?」

「はい。建物は違いますが、同じ宮の敷地の中に住むことになっております」

「ああ、よかった!」


 小さなシャンタルは自分がマユリアになった後も、少し離れても「同じ家」に「姉」が住み続けることを心底からうれしく思った。


「もしかしたらマユリアはこの宮から出られて、もうお会いできないところに行くのではないかと心配になったの」

「ありがとうございます、そんなに心配してくださって」


 マユリアがこれからも近くにいてくれるのだと知ったシャンタルは、明るい気持ちでお茶の時間を過ごし、にこやかに自室へと帰ってきた。ラーラ様はすでにお昼寝から起きていたらしく、応接で座って小さな主の帰宅を待っていた。シャンタルは楽しい気持ちのままラーラ様にそのことを報告する。


「マユリアの宮殿ですか」

「ええ、そうなのですって。ラーラ様はご存知でいらっしゃったの?」

「いえ、わたくしも今初めてお聞きしました」

「そうだったの。では、マユリアはわたくしに初めて話してくださったのかしら」


 最近は何かの一番になることが続いていて、シャンタルはそのこともうれしいようだ。シャンタルは寝室に入ると隣の部屋に身を隠しているベルと「エリス様」にも、新しく知った「楽しいこと」を報告にする。


「まあ、そうなのですね、教えていただいてありがとうございます」

「ええ、そうなのですって。だから、交代の後もまたマユリアとベルやエリス様とも一緒にお茶をしたり、お話をしたりできると思うわ。またご一緒しましょうね」


 小さなシャンタルは二人に報告をすると、アランに手紙を書くと言って部屋に戻って行った。


 ベルとシャンタルはその後姿を見送ると、万が一のことを考えて中の国の言葉で相談をする。


「なあ、それって一体どういうことだと思う」

「私にもよく分からないけど、つまりはマユリア専用の建物を新しく建てるってことなんだよね」

「そうなるよな」

「今までどこからもそんな話が出てこなかったってことは、宮の者はまだ知らない可能性もあると思う?」

「キリエさんやフウさんたちも?」

「うん」


 二人はそこで黙って顔を見合わせた。


「キリエさんは知ってても必要だったら黙ってる気はするな。だけど、情報通のフウさんの耳に入ってたら、なんかの形で伝えてきてたんじゃないかと思う」

「キリエがフウには伝えなかったってことは?」

「それはありそうだけどさ」


 ベルはうーんと言って考え込んで、


「トーヤと兄貴だったらどう言うんだろうな」


 と頭を抱え込んだ。


「シャンタルがアランに手紙を書くって言ってたよね。だからきっと何か連絡があるだろうけど、それまでは黙って待つしかないね」


 実際のところ、それしかできることはない。とにかく今はアランとトーヤの反応を待つことしかシャンタルとベルにはできることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る