22 沈黙を
おそらく神官長がトーヤとルギの姿を見たというのは本当であろうとキリエは思った。あれは、とても想像や作り事で言えることではない。
「だけど調べる手立てがあろうはずもない」
神官長がいくら見たと主張したとしてもそれを確かめる
では一体それは何のためだ。気味悪くは思うが、その目的は何かと考えても、それは今の段階では分かるものではない。
ただ、1つだけ分かったことはある。
「これでエリス様に宮に戻っていただくことはできなくなった」
マユリアの
おそらくトーヤたちはカースにいるのだろうとキリエは思っていた。他に行ける場所はない。衛士たちがリュセルスのどこにいるのか見つからぬと不思議がるのは、あの洞窟の存在を知らぬからだ。それを知っている者たちにとっては、たやすく浮かぶ行き先だ。
おそらく今頃は、封鎖が解けた時に衛士や憲兵が調べに来ると考えて逃げ先を確保していることだろう。トーヤはそのあたり抜け目がない。
考えようによっては宮に戻れると伝える前に分かってよかったというものだが、事情を知るミーヤたちに口止めをしておかなければならない。なんらかの方法で連絡を取っているとすると、大丈夫だと判断して戻ってきてしまうかも知れない。まずはそれを止めなければ。
キリエはそう判断し、ミーヤに会いに行くために部屋を出た。
「トーヤたちと連絡を取る方法ですか? いえ、ありませんが」
「そうですか。ならばまだエリス様ご一行の逃亡は狂言だということにした、そのことは伝わってはおらぬのですね」
「はい」
ミーヤはキリエの質問に少し戸惑いながらそう答えた。
嘘ではない。あの不思議な空間に呼ばれた時にやり取りはできるが、いつ呼ばれるのかは分からず、いつ終わるかも分からない。自分たちで連絡を取ろうと思って取れるわけではないのだ。
「エリス様ご一行が決して宮に戻ることがないようにしてください。そしてアーダとハリオ殿には知られぬようにして、アランたちにも事情は説明できないが連絡を取らぬようにと伝えておいてください。」
「え?」
この先のことを考えれば、ご一行に戻ってきてもらってひっそりと交代を済ませてしまうのが安全な策だろう。それを戻るなとは一体……
「あの、何かあったのでしょうか」
ミーヤの問いをキリエは予測してはいたのだろう。そしてどう答えるかも決めていたようだ。
「沈黙を」
八年前のあの時から、何度かそのような場面があった。
ではまた何かが起きたのだ。わざわざキリエが口止めに来るような何かが。
ミーヤの心の中で不安の雲が大きく湧き上がる。
あの光に言われていること、あの場に呼ばれた者以外には話すなということ、つまりそれは、キリエにも話してはならないということだ。そして今度はキリエからトーヤたちに戻るなと、理由は聞くなと。
『もしかしたら今回は敵対するって可能性は? 申し訳ないけど、俺は、今回はそんな可能性があるんじゃないかと思ってます』
つい先日、アランが言った言葉を思わず思い出す。
そうなのだろうか。眼の前の鋼鉄の仮面をかぶった本当は温かい方、この方と敵対する可能性があるのだろうか。
「嫌です」
思わずミーヤの口からそんな言葉がこぼれた。
キリエがさすがに驚いた顔でミーヤを見つめる。
「私はキリエ様と敵になるようなことはしたくありません」
「何を言っているのです」
「キリエ様は信用できる方、だからこそ信用してはいけない、そう言っていました」
誰が言ったかは言わない。だが誰が言ったかは分かる。そしてそれはキリエという人を知る者たちには共通の認識であろうと思われた。
――鋼鉄の侍女頭――
――三十年に渡ってこの宮に君臨した絶対権力者――
これが
だがミーヤは、ミーヤたちは知ってしまった。そしてそれを知るからこそ恐ろしいと本心から思う。この老女が
「私はずっとキリエ様のおそばでこの宮にお仕えしていきたいのです。キリエ様を尊敬し、そしてお慕いしております、大切に思っております。ですから、ですから何かあるのなら、どうぞお教えください」
必死の瞳で侍女頭を見つめてそう言う侍女に、あえて心の内を見せずに鋼鉄の仮面が言葉を
「私にはおまえが何を言いたいのかがよく分かりません。ですが、その上であえて言います。沈黙を、言えぬことには沈黙を守りなさい」
その仮面の下でキリエが思っていたこと、これ以上ミーヤを苦しめたくはないという思い、いくら隠してもその心がミーヤには伝わってきた。
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