14 あえて伝えず
フウとの話し合いはその後も続いたが、フウはもちろん「最後のシャンタル」のことは知らなかった。
知っているのはシャンタルが八年前にあの薬を飲み、仮死状態になった後、この国から連れ出されたこと。そして「エリス様」として戻ってきたことだけだと言ってもいい。それすらもキリエに教えられたのではなく、状況から判断し、自分で理解したことだった。
「つまり、キリエさんはあんたには何も教えなかったってこったな」
「ええ、そうなりますね」
トーヤは少し何かを考えていたが、思い切ったようにこんなことを言い出した。
「じゃあ、そのままでいこう」
「え?」
ミーヤが思わずトーヤを見る。
「フウさんは今のまま、これまでと同じようにしててくれたら、それでいいと思う」
「なるほど、それはありがたいことですね」
「だから、あんたにはあえて何も言いません」
「ええ、それで結構ですよ。キリエ様からも、何かを伺ったわけではありませんし」
フウも納得するが、他の者たちには意味がよく分からない。
「ある人にこう言われたことがある。運命というのは、ある定められた場所のようなものだ。その場所へ進む道は天からはよく見えている。だが、その道を歩く者にはその道が正しいかどうかは分からない。分からないが、とにかく自分で考えて歩き続けるしかない」
ラーラ様がトーヤに語ったことだ。
「もしかしたらその道は間違えているかも知れない。間違えたらもう引き返すことは敵わない。だから、その道を歩かずに、近くで見ていて、第三者の目でどうやら正しい道を歩いてるみたいだな、そう判断してくれる人がいるってのは心強い」
「なるほど」
アランは理解したようだ。
「さすがアラン」
「おれ、ぜんっぜんわかんねえ……」
もちろんベルだ。
「さっきフウさんが言ってただろ、キリエさんは知りすぎてて気がつかなかったけど、フウさんはちょこっと知ってるから、それで神官長がなんかおかしいって思えたって」
「うん」
「フウさんは、俺らみたいに色々知ってるわけじゃねえ。かといって、全然違う場所にいるわけでもない。ちょっと知ってるところから見て、なんかおかしいことがあったら教えてくれ、トーヤはそう言ってんだ」
「うーん……」
ベルは分かったような、分かってはいないような、そんな顔をしている。
「まあ、ものは試しだ。それでいいかな」
「ええ、いいですよ。私もあれしてくれ、これしてくれ、と言われないで、好き勝手させてもらう方が合ってますから」
「うん、それはよく分かる」
トーヤがフウの言葉にまた笑う。
「一つだけ言っておくのは、味方になってくれってキリエさんに言われたからって、それも意識してくれなくていいです。俺らと友達になる、そのぐらいでいてくれたらいいかな」
「まあ、お友達」
フウは目をキラキラさせた。
「実は、お友達がいないんですよ、私。どうしてか分かりませんが。だから、ずっと欲しいなと思っていました」
それを聞いてトーヤとアランがまた吹き出した。
「そうかも知れねえな」
「うん、俺もそんな気がする」
「そうなんですか? でもまあいいです、こうしてお友達が一度に何人もできたんですから」
「ええ、そんじゃよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
フウはそう言うと、ソファから立ち上がり、軽く膝を曲げて会釈をした。
「侍女の間じゃ、それが友達への礼なんですか?」
「まあ、正式の礼じゃないのでこのぐらいでは?」
「じゃあ、そういうことで」
トーヤはフウが愉快でたまらないようだ。
こうしてフウとの関係が定まった。
「それでは、私達はこれから侍女の仕事に戻ります。ミーヤはこちらの部屋の担当、月虹兵の担当、そして前の宮の取次役となりますので、お願いいたします」
「ええ、分かりました」
「じゃあ行きましょうか」
「あ、はい」
ミーヤはフウと一緒に部屋を出て、前の宮での取次役の待機室へと移動した
「楽しい方々ですね」
「え、ええ」
「ミーヤはあの方達ともお友達なんですよね」
「お友達、なんでしょうか」
「違うのですか?」
どうなのだろうとミーヤは考え、少し黙ってしまった
「では、ミーヤが今お友達だと言える人はどの人なのです?」
「お友達だと言える人ですか」
「こうして同じ係になったのですから、もう少しあなたのことも知りたいと思いました」
友達は誰かと聞かれると、まず浮かぶ顔はある。
「外の侍女になったリルと、そして月虹隊の隊長のダル、そしてダルの奥様のアミでしょうか」
「そうなのですね。そういえば、アランはシャンタルとお友達になったそうですね」
「ええ、そうらしいですね」
「いいことです」
フウは優しく微笑んだ。ミーヤはこの方はこんな笑い方もできる方なのだと、少しびっくりする。
「シャンタルというお仕事も大変なお仕事ですよ。仕えてくれる者はたくさんいるし、家族のような方もいらっしゃいますが、今までにお友達を持ったシャンタルはいらっしゃらないのではないかしら」
ミーヤはその言葉にまた驚いた。
「言われてみれば、確かにそうですね」
そして「黒のシャンタル」と呼ばれる先代と、濃茶の髪を持つ少女が、互いを「ダチ」と呼び合って、大層幸せそうな顔であったことを思い出していた。
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