7 資質と役割

「それでは、彼は今はどこにいるか分からない、そういうことですか」

「はい」

 

 神官長は自室へ尋ねてきた神官から話を聞くと、少し顔をしかめた。


「おまえが最後に会った時、彼はどんな様子でした」

「はい、封鎖が解け、街に広く話が広まったら、最後にもう一度王宮の正門前で国王への批判をして自害する、そう申しておりました」

「そうですか」


 そうだ、そういう予定だった。神官長は悩むような顔をしながら、報告をしにきた神官に言う。


「もしも、そのような振る舞いをすることが愚かしいことだと分かり、命を大切にしようと思って姿を隠したのなら、それはよかった。私も精一杯話をさせてもらった甲斐があるというものです」

「はい、おっしゃる通りかと」

 

 神官は神官長に丁寧に頭を下げる。


「あれだけ一生懸命説得なさっていらっしゃったのですから、神官長のお心があの者にも届いたのでしょう」

「それならばいいのですが。私は非力な神の下僕しもべでしかありません。少しでも心に届く言葉があったとすれば、それは神が私を通してあの者に与えてくださった言葉なのです。おまえはもう少し、あの者がどうするのかを気にかけておいてください。もしも、また危ういことを考えるようならば、また色々と話をしたいと思っています」

「はい、分かりました」


 神官はフードを深く被り直すと、神官長に一礼をして部屋から出ていった。


 神官長は神官が出ていったのを確かめ、鍵がかかっているのもしっかりと確かめると、執務室の椅子に腰掛け、机に両肘をついて組んだ指を額に当ててぽつりとつぶやいた。


「なぜうまくいかなかったのか」


 神官長の心づもりでは、今日か明日には例の元王宮衛士が、人目につく場所で国王への批判の言葉を口にした後で自害するはずであった。


「そのことで民はますますいきり立ち、王宮へと押し寄せるぐらいの勢いになるはずだったのだが……」


 神官長は理由が何かを考えるが、思いつかない。まさか例の元王宮衛士がハリオやディレンと話したことで心が揺らいだとは知らないからだ。


 神官長は国王が父王に譲位させるためにどうすればいいかの相談に乗っていた。その上で、自分の口で王宮衛士を国王に従う者ばかりにしろとは言わず、遠回しに、国王自らがそう思いついたかのように話を持っていき、それとなくどうすればいいのかも吹き込んでいた。国王は自分が思いついた策であるかのように思い込み、父王に忠実な王宮衛士たちを放逐していった。

 

 神官長は、罷免された王宮衛士たちの心を救う振りをして、使える者を探していった。あの前国王を救出して自害した元王宮侍女、その弟とも色々な話をしていた。


「そんなことは考えてはいけない、生きる道を探しなさい」


 そう説得する形で、言葉の端々に絶望するような言葉を隠し、次第に追い詰めていった。その結果、絶望し、酒に逃げた弟は街外れで倒れて絶命した。


「心弱き者であった」


 もちろん、この1人だけに仕掛けたのではない。それとなく人となりを見抜き、その相手によってふさわしい言葉をかけていった。その結果、国王に対する恨みを忘れようとして、新しい生活に入っていき、今では落ち着いた生活をしている者もいる。

 

「人は、その人にふさわしい言葉を受け入れるものなのだ」


 もしも、同じ言葉を違う人間にかけたとする。その時にその相手がどう受け止めるのかは相手の資質によって違ってくる。神官長はその反応を見ながら、使える人間を探し、見つけて、役割を与えていた。


「この八年間、色々と心を配ってきたというのに、やはり思ったようにならないこともあるものだ。まあ仕方がない。私は神ではないからな」


 神官長はふうっと息を一つ吐き、自分の心を励ます。


「だが、聞いたところによると、宮には陳情が押し寄せているとのこと、あの者が失敗したからとて、まだ他にも駒はある。他の者に期待して待ちながら、もう少し燃料を投下してみるか」


 神官長はそう言うと、立ち上がって執務室から出ていった。


 神官長が向かったのは奥宮だ。


「マユリアにお取次ぎを」


 当番の衛士に取次ぎを頼むが、しばらくして返ってきた返事は、


「マユリアは今日はどなたとも面会をなさらないそうです」


 というものであった。


 このところ3回続けて断られている。


「そうですか、またあらためて参ります。そうお伝え下さい」


 神官長は面会を諦め、執務室ではなく自室へと戻った。


 神官長はトーヤたちが宮へ戻ったことをまだ知らない。その上で神官たちに探させている。


「ご先代は今どこにいらっしゃるのか。きっとカースだと思っていたのに衛士たちが捜索の結果見つけられなかったらしいし」


 神官長はキリエに話したように、「黒のシャンタル」が生きてこの国を出て、そして戻ってきていることを確信している。


「交代までにご先代を探し出し、この手の内にしておかねば。それからキリエ殿は次の侍女頭に誰を指名しようとしているのかもまだ分からない。その者もなんとかしないといけない。やれやれ、やらないといけないことはまだまだ多いな。だが、それが私の役割だ」


 言葉だけを取るとつらそうにも思えるが、神官長の言葉はどこか楽しげであった。

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