6 待機と保護

「ということで、一晩かけて説得して、その元王宮衛士の男は今はアルロス号に保護したということです」


 ダルが月虹隊隊長の顔で侍女頭に顛末てんまつを報告する。


「ご苦労さまでした。では、その者は今はあやういことをするような状態にはない、そういうことですね」

「はい、おそらくは。この先、本当に船乗りとなってアルディナに行くかどうかは分かりませんが、とりあえずは自分の命を危険にさらすような真似はしないんじゃないかと思っています」

「そうですか。ディレン船長とハリオ殿に礼を言わねばなりませんね」

「伝えておきます」

「また私もお二人に直接お会いしてお礼を申し上げます。ですが、今はアルロス号なのですよね、そこに参るわけにはいかないでしょう」

「そうですね。シャンタル宮の侍女頭が直々に訪問されたら、みんな驚くと思います」


 ダルの言い方にキリエが一部の者にだけ分かるぐらいに笑みを浮かべた。


 ダルは報告を済ませると、一緒に部屋にいたルギと共に侍女頭の執務室から退室し、今度は警護隊隊長の部屋でルギと色々な話を詰めた。

 これから男が話すことで新しいことがあったら報告をすること。それから、男のことは今はあえて罪に問わないということ。


「今後、もしも何か動くようなことがあれば、その時にはこちらも動くかも知れん。だが、今は大事な情報提供者として、もう少しディレン殿やハリオ殿と打ち解けてもらうことを期待している」

「そうだな」


 2人の隊長の意見は一致した。


「そうか、そんじゃディレンとハリオはしばらくここに戻ってこねえんだな」


 トーヤの言葉にシャンタルが、


「じゃあ、ご飯が減ってしまうね」


 と、なんだか的はずれなことを言う。


「あ、船長は責任上船に残るけど、ハリオさんは戻ってくるって」

「2人前だったらまあなんとか足りるか」


 今度はベルだ。


「おまえらは飯の心配しかできねえのかよ」

「だって兄貴、これは深刻な問題だぞ?」


 ここ数日はこの部屋の住人が3人揃っていたので、それなりに豪勢な食事を分けて楽しむことができた上に、ミーヤとアーダがお茶菓子として差し入れを持ってきてくれたので、空腹を感じるようなことはなかった。


「だけど2人前を5人で分けるとなると、取り分が減るだろ?」

「あ、そのことだけど、リルから差し入れを預かってきたから」


 ダルが自分の部屋からそこそこ大きな箱を抱えてやってきた。


「おお、すげえ!」


 中には傷みにくい果物や菓子、日持ちがしそうな保存食などが入っていた。


「あ、あのお菓子もある」


 それはミーヤがキリエから分けてもらった例の口で溶ける菓子だった。ベルはそれを見つけてホクホク顔だ。


「こんだけありゃ、なんとかなるな」


 深刻な問題は解決されたので、あらためて元王宮衛士の話に戻る。


「そいつが神官長から命じられたって証言してくれりゃ、すぐにも話はつくのにな」

「まあ、それはなかなか難しいんじゃねえかな。仮にも今まで色々世話になって恩もあるって言ってるそうだし」

「それから、そいつの仲間ってのが誰か、そのへんも口を割らねえのか?」


 アランと話をまとめていたトーヤがダルに尋ねた。


「俺もハリオさんから聞いただけなんだけど、そのへんは何も言おうとしないって。ある人から王様の悪事を世間に知ってもらえば宮にまで届く、つまり天から王様に辞めるようにって託宣があるだろうってそう言われた、とだけは言ってるみたいだけど」

「まあ、とりあえずディレンに任しとくしかねえか」

「今のところはそうかも」


 あの元王宮衛士はハリオと会った後は例の元王宮侍女と同じように、王様の目につくところで自害する予定だったらしい。捕まって恥を重ねるよりは潔くそうしようと思っていた、と言っていたとか。

 ディレンが真摯に向き合って説得をする姿勢にそれだけは思いとどまったが、今もまだ心は揺れている状態だ。


「ディレンさんは一緒に船の仕事をさせながら、様子を見ておくから安心しろって。さすがに船長と呼ばれるだけの人の言葉は説得力があったみたいだね。でも一体どんな話をしたんだろ」

「いつもは物静かでじっと黙って話を聞いてらっしゃることが多いのに、本当ですね」

「それだけ人生経験が豊富ってことなんだろうけどね」


 ダルとミーヤはこちらへ来る船の中の経緯を知らないので不思議がる。トーヤたちもあえてそれには触れずに黙っている。


「まあ、その元王宮衛士ってやつだって、本気で自分のことをどうこうしたい、なんて思ってなかったんだろ。追い詰められて、そんでそれしかないと思いこんでたのを親父みたいな年のおっさんの話でちょっと立ち止まった、そういうぐらいのことだろうよ」

「そうなんでしょうか」

「まあ、信頼できるやつだからな。任せとくよ」


 ミーヤはトーヤたちが何かを知っているような気がしたが、何も言いたそうではなかったので、そのまま聞くのはやめた。

 人はたとえ大切な人であっても、その人のことを何もかも知る必要はない。言いたくないことも知られたくないこともあるだろう。それに時が熟せば実はこんなことが、と話せることもある。今、ディレンはそうして元王宮衛士の時が満ちる時を待っている状態なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る