15 その後のシャンタル
「もしかしたら
あの時のことを思い出し、アランはちょっとだけ顔をしかめた。
それを見てシャンタルが少し笑う。
「笑うなって」
「いや、ごめん」
いつもの様子でクスクス笑ってから、シャンタルが少し楽そうに続ける。
「だからね、今はもう覚えているのはここの家だけなんだけど、それももしかしたら役目を終えたら分からなくなるのかな。もしかしたらラデルさんのことも忘れてしまうかも」
「それはなさそうに思うけどなあ、さすがに」
「だったらいいんだけどね」
シャンタルがホッと小さなため息を一つついた。
「さすがに会って話した人、来た場所のことは忘れねえんじゃねえの?」
寝てるとばかり思っていたトーヤがふいにそう言う。
「そうなのかな」
「俺はそう思うけどな」
ふわあ〜と一つあくびと伸びをして、トーヤもベッドの上に腰掛ける形になる。
「シャンタルは慈悲の女神だろ? だからまあ、そこまで無慈悲なことはせんだろうさ」
「ならいいんだけど」
「しかし、知らなかったな、託宣にも種類があるって」
「私もここに来て思い出したんだ」
「そうなのか」
「うん」
シャンタルが視線をトーヤに向けて続ける。
「というか、当代の親御様のこと、住んでいる場所のこと、覚えていないことすら覚えていなかったよ」
「おまえらしいな」
そう言ってトーヤが笑う。
「どうしてだと思う?」
「うん? 忘れちまうことがか?」
「うん」
「う~ん」
トーヤが首を
「シャンタルは慈悲の女神だからな、だからまあ、なんか慈悲なんだろうよ」
「慈悲?」
「まあ忘れることも必要ってことじゃねえの?」
「また分からない言い方をするね」
シャンタルがクスクスと笑う。
「下手に覚えてたら女神様同士、仲間を探して人の仲間には戻れない、ってのもあるか?」
ふいにアランがそう言う。
「なるほど、それもありそうだ」
トーヤが軽く納得して続ける。
「アランが言うように、早く人の世に戻れるようにってのはありそうだ」
「なんだろうなあ、同じ生き方したもん同士会わせてやって、そんで話とかさせてやってもよさそうなもんだが」
「そんなことしたらみんなラーラ様みたいに生きるしかなくなるだろ」
「いっそその方が本人も気が楽みたいにも思えるけどな、幸せそうに見えたし」
トーヤとアランがその後のシャンタルの生き方をなんとなく話題にする。
「ラーラ様以前のシャンタルはどうしてんのか耳にしたことねえのかよ」
「そんだけしても隠すほど秘密なんだぞ? 分かんねえじゃねえの」
「かもなあ」
「私は少しだけ聞いたことがある」
「なんだって」
トーヤが驚いてシャンタルを見る。
「私に色々と教えてくれてた時にキリエから」
「ああ」
マユリアとラーラ様の中にいて自分という意識がなかったシャンタル、目覚めた後、キリエがシャンタルもまた一人の人間だということを教えるために、禁忌を破って教えたのだろうとトーヤは納得した。
「どんな方だって?」
「うん、ラーラ様の前の方はさる貴族の令嬢で、任期を終えた後は家に戻って実家の離宮にいらっしゃるって。私が話を聞いた時には40歳だって」
「そうか。そんで他には?」
「その前の方は少し離れた村の出身で、村に戻ってその村の人と結婚したって。その時に元気なら50歳だって言ってたから、どうしてるかまではキリエも知らないみたいだった。そしてその前の方は当時60歳ぐらいだけど、遠い町に戻った後はどうなさってるかまでは知らないって。キリエが知ってるのもその方たちだけみたい」
「そうか」
八年前の話だ。
本当ならそこにマユリアも過去のシャンタルとして連なるはずであったが、もしも順調に交代を終えていたなら、おそらく後宮に入った美貌の側室として知られることとなっていただろう。
「本当にいたんだな」
アランが何かに感じ入ったようにそうつぶやいた。
トーヤも同じ気持ちであった。
トーヤが知っている歴代シャンタルは当代を含めて4人だ。当時、その4人はこの宮に揃っていた。その前の人がいるだろうとは思っていたが、実在の人物として受け止めてはいなかった気がする。
「ラーラ様がここにいたからなあ」
「ん?」
「いや、なんとなくシャンタルが宮の外にいるってのは想像つかなかったってかな、おまえと一緒だよ、本当にいたんだなって」
「ああ」
「そういうのがずっといたんだよな、何十人、何百人」
「そうだな」
この国は二千年に渡ってそうしてシャンタルが生まれてきた国なのだ。
そしてこれからもずっと同じことが繰り返されていく、永遠に。
みんながそう思っていたのだ。
「それがなあ、なんでかこういうことになっちまったんだなあ」
トーヤが静かにシャンタルを見る。
「そんだけ大きなことに関わっちまったってことなんだよな、俺たちは」
トーヤに続くようにアランがそう言ってシャンタルを見る。
「何が起こるんだろうな、これから」
トーヤの言葉にアランもシャンタルも何も答えることができなかった。
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