16 神と神の親

「おーい、飯できたよ」


 3人が続く言葉を見つけられず、じっとベッドに座っていると、ベルが元気に扉を開けてそう言った。


「おまえなあ、仮にも侍女ならノックぐらいしねえか」

「そんなお上品なやつこの部屋にはいねえだろ、って、あ、シャンタルは神様だったか」


 そう言っててへっ、と舌を出す。


「もう、やっぱりベルは楽しいなあ」


 シャンタルがコロコロと笑ってから、


「さあ行こうよ、お腹空いちゃった」


 さっさと部屋から出て行ってしまった。

 

 トーヤとアランも顔を見合わせて少し笑い、


「そんじゃ行くか」


 と、ベルの後に付いて階下へと移動した。


 広い作業場のその奥に食堂はあり、そこでもやはり大人数が食事できるぐらいの大きなテーブルが置いてあった。


「でっかいテーブルだろ、10人以上がゆっくり食べられる」


 と、なぜだかベルが得意そうに3人にそう説明した。


「大したものはできませんがどうぞ」


 ラデルがそう言って出してくれた食事は、野菜と肉をじっくり煮込んだスープたっぷりの煮物、茹でた野菜をソースで和えたサラダ、それから2種類のパンと干した果物と木の実を盛り合わせた物であった。


「いやいや、大したもんですよ」

「ええ本当に」

「いただきます」


 トーヤとアランが感想を言うのに続き、シャンタルが素直にそう言って煮物をスプーンですくって口に運んだ。


「おいしい」

「そうですか、お口に合ってよかったです」


 ラデルがほろほろと笑ってシャンタルを見る。

 シャンタルも少し笑ってから食事を続けた。


「そう言えばね、船の中で船長に言われたことを思い出したよ」

「船長?」

「あ、こっち来る時に乗ってた船の船長です。トーヤの古い知り合いでなかなか気のいいおっさんですよ」


 ラデルの問いにベルが機嫌よく答える。


「私が食事してたらね、神様の食事風景は初めて見たって」

「なんだそりゃ」


 トーヤが少し笑ってから、


「しかしまあ、そりゃそうだろうな、宮の中のもんでもなけりゃ見る機会もなかろう」


 そう言った。


「ラデルさんも珍しいですか?」

 

 ふいっと顔をそちらに向けてからシャンタルが聞く。

 

「ええ、そうですね、言われてみれば」


 ラデルも機嫌よくそう答える。


「珍しいな、シャンタルがそんなこと聞くなんてさ」


 ベルが目を丸くしてそう言う。

 

 シャンタルは基本、誰が自分をどう見ているか、そのようなことに興味を持ったことがなかった。少なくともベルが見ていたこの三年間の間には。


 どこの誰とかではなく、仲間の3人にすらそのように聞いたことはない。自分に対してどういう感情を持っているか、どう見えているか、どう考えているかなど。


「そうだね、でも私もやっぱり気になるみたい、神様の親って人に会ったことないしね」

「そうですか」


 シャンタルの言葉にラデルが軽く微笑んで一言だけ答える。


 尋ねたベルも、トーヤもアランも何も言わず二人の会話を黙って見ていた。

 

 神と、神の親の会話に人が口を挟めるものではない。


「それで、そちらも神の親の食事風景は珍しいですか?」

「うん、珍しいです」


 シャンタルがニッコリと笑ってそう言う。


「じゃあお互いに珍しいものが見られた、そういうことでいいですかね?」

「うん、いいですよ」


 そうして、その後は何事もなかったかのように普通の食事風景に戻った。


「あ、こら、トーヤ、でっかい肉ばっかり持ってくなよ」

「持ってってねえだろ。って、おまえの方がさっきから肉ばっかりねらってんじゃねえか。ほれ、野菜に隠してちっこいのいくつも」

「な! そんなことしてねえだろうが! こら、そっちのそれ、よこせって」

「断る!」


 上品に盛り付けられるのではなく、真ん中にどんと置かれた煮物の鍋から各自が好きによそいながら、いつものようにトーヤとベルが小競り合い。


「おまえらなあ、ガキじゃねえんだから静かにしろよ。そんでおまえら2人だけじゃねえんだからな、他のもんの分も考えて取れ!」

「はい!」

「はい!」


 いつものようにアランに怒られ、二人がビシッと背中を伸ばし、それでもまだ互いの鉢の中に目をやって睨み合っている。


「ね、いつもこうなんです。トーヤとベルがおかずを取り合って、それをアランに叱られる。おかしいでしょ?」

「本当ですね。楽しい」


 シャンタルとラデルが面白い物を見物するかのように、和やかに二人でそう言って笑い合っている。


 知らぬ者が見たら、本当に何事もない普通の食事風景でしかない。

 仲がいい家族が一つの鍋をつつき合い、わいわいと騒ぎながらみるみる容器が空っぽになっていく。


「はあ、食った食った、ごちそうさまでした!」

「ごちそうさまです」

「ごちそうになりました」

「おいしかったです」


 四人の若者がそれぞれにラデルに礼を言い、にぎやかな食事の時間は終わった。


「いえ、何もなくて申し訳ない」


 ラデルがそう言って笑うのに、ベルとアランが一緒になって鍋や食器を集めて台所へと運んでいく。


「こら! トーヤもさぼってねえで自分の使ったもんぐらい持ってこいよ!」

「え~」

「ほら、また怒られるよトーヤ」

「おまえも自分で持ってけよ~」

「私は神様だからね?」

「勝手な時だけ神様に戻ってんじゃねえよ」


 楽しい夜がこうして更けていった。

 見た目だけは平穏な夜が。

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