11 迷いの中の真実

 キリエはルギがどう思っているかを気にめぬように続ける。


「私のあるじはシャンタルとマユリア。これはこの宮においては二千年の間何も変わることはない。代々のシャンタルが御代替みよがわりで交代をなさっても、その中におられる御方おかたはただお一人。侍女は宮に上がった時にそのことを重々じゅうじゅう言い聞かされます。ですから侍女がお仕えする御方は永遠に変わらない。たとえ外の御方が変わろうとも」


 ますますルギは戸惑う。さっき心に浮かんだ疑問を裏打ちするようなキリエのこの言葉、一体何を言いたいのだ。そうは思うが相手はこのシャンタル宮の人の最上位に三十年以上君臨してきた鋼鉄の侍女頭、何か返事を求められるか話が終わるまでは黙って聞いてしまおうと、こちらも無言を続ける。


「あなたは、マユリアが交代なさった後どうするのです。私はまだその報告は受けておらぬのですが」


 確かにそうだった。だが、実際はルギ自身にもまだおのれの身の上がどうなるかの予想がつかない。何しろ未だに上層部からこの後どうしろとの指示もないのだから、ルギ自身に決めることができないというのが本当のところだ。


 八年前にはマユリアの後宮入りが実質上決まっていたため、そのままルギも後宮付き衛士になると決められていたのだが、マユリアがそのまま二期目の任期に入ったため、その後の去就きょしゅうが宙ぶらりんのまま、第一警護隊隊長から警護隊隊長への昇進だけをすることになった。 


「私が聞いているのはあなたの気持ちのことです。宮からのめいではなく、あなたがどうしたいのか。一体どうしたいと思っているのです」


 ルギが自分でどうこうできる問題ではないと分かっていてキリエは質問をしていた。ルギがこの先どうしたいと思っているのか、それを知ることが重要だと考えたからだ。


 もしも、ルギがマユリアの変化を何も感じず、自分と同じく今表に出ていらっしゃる女神のマユリアに忠誠を尽くすと言ったならば、それもルギの選択である。それはそれで決して間違いとは言い切れない。当時のシャンタルにして当代ではなく、自分と同じく中の御方へ忠誠を誓っていただけのことと判断しようとキリエは考えていた。

 今のマユリアはルギが忠誠を誓った当代にはあらず。そのこととてトーヤから聞いたことからそうであろうと推測するだけのことで、何がどうなっているのかはキリエ自身にも分からないのだから。


(ルギの判断に任せるしかない)


 昨夜から考えてキリエが出したのがその結論であった。


「どうします、この後のことは。交代の後、マユリアは一度は市井の者に戻るとおっしゃっています。ご両親と共に過ごす時を持ちたいと。その時、あなたはどこでどうする道を選ぶつもりなのです」


 このマユリアは当代のことだ。当代は決して心から国王との婚儀を受け入れ、女王になりたいとは思っていらっしゃらないはず。ルギはそのことをどう思っているのか。


 ルギはキリエの言葉にすぐには答えずじっと何かを考えているようだった。


(目に迷いが見える?)


 キリエはルギの瞳をじっと見てそう感じていた。


(だが迷ってはいるが迷ってはいない)


 キリエが感じたようにルギは迷っていた。それは主のマユリアが迷っておられたからだ。


 ルギは当代に聞いたことがある、どうなさりたいのかと。その質問に対し、マユリアは三つの思いの間で揺れておられた。

 ご両親の元へ戻りたいという気持ち、トーヤに答えたという海の向こうを見てみたいという気持ち、そして宮に残りたいという気持ち。その間で揺れておられた。決して女王になって人の頂きに立ちたいというお気持ちはお持ちではない。

 ルギは知っている、当代が迷っておられることを。なのでルギも迷うのだ、主の御心が定まらぬからこそ。


 キリエは理解した。ルギは何があろうと当代マユリアに付き従うと決めていると。だがルギの主は迷われていた。ならばルギが迷うのも当然のことだ。


 ルギの主は今も変わらず当代マユリア、それが分かればもういいとキリエは思った。


「分かりました、もう結構です」


 キリエはルギに答えさせずにそうして話を打ち切る。後のことはルギに任せることにして。

 これ以上のことは自分にはできない。ルギの運命を決めるのはルギ自身だ。自分にできるのはルギの心に疑問の種をまくことだけ。その種が芽を出すか出さぬか、出したとしてどう育つのかはもう任せることしかできない。


 突然思考を中断され、そのことにもルギは戸惑う。戸惑いながらキリエの表情から何かを読み取ろうとした。ルギの瞳が静かにキリエの瞳を探る。


「あなたも変わりましたね、八年前はもっと生意気で尖っていたものを」


 キリエがそう言って薄く笑った。トーヤがこの国にやってきて、マユリアから供につく使命を受けた時、その時に見聞きしたトーヤのことを報告するように言ったキリエに皮肉な笑みを向けていたことを思い出す。


「八年前の出来事と、その後の年月としつきでみな変わったのです。あなたも、私も、そして我が主も」


 キリエはその言葉を最後にルギを残して衣装室の控室から退室をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る