8 殺意
「悪意ってことは、トーヤをどうにかしてやろうと思ってたってこと?」
「俺にはそう思えた」
シャンタルの質問にトーヤはそう言った後、こう付け加えた。
「殺意を感じた」
薄暗い洞窟の中、ひんやりとした空気が流れたような気がした。
なぜだろう、どこかから水が垂れる音が聞こえるような気もする。
「そ、それってさ、つまり、八年前に殺しかけて失敗したから、今度こそってこと?」
ベルが恐る恐るそう聞いてきた。
「八年前?」
「うん。湖に引っ張り込もうとして失敗したじゃん? だから海でたまたま見つけたんで今度こそってことだったじゃねえの?」
「…………」
トーヤはベルの言葉に少し考えるようにしていたが、
「おまえはどうだった?」
と、シャンタルに聞く。
「どうだったとは?」
「八年前、あの湖で引っ張られた時、相手の殺意を感じたか?」
「う~ん、聞かれてもなあ……」
シャンタルは少し困ったようにそう言うが、それはそうだろう。目が覚めたら湖の中で、呼吸をしたら水を吸い込んで息ができず、パニックになっていたのだ。覚えていなくても不思議ではない。
「おまえ、なんかあった時のこと引っ張り出すの得意なんだろ? その時に思ったこととかなんかねえのかよ、ちょっと引っ張り出してみろよ」
ベルがさっきのことを持ち出してそう言うと、
「う~ん、そうだねえ、分かった、ちょっと思い出してみるよ」
と、シャンタルが簡単に請け負った。
「おまえはほんとにベルの言うことだったら聞くよなあ」
トーヤは苦笑しながらそう言う。
そんな思い出したくもないことを軽く思い出してみろというベルに、まるで昨夜のご飯がなんだったかを思い出すかのように軽くその気になるシャンタル、この2人を見ていると本当に困ることなんかないように思えてしまう。
「だってベルに嫌いって言われたくないからね」
「そうかよ」
そう言って首を
「ええと、あの時は、キリエに渡された薬を飲んで、ベッドに横になったらすぐに眠くなったんだった。それで次に目が覚めたらいきなり水を飲んだんだよね。起きたら助けられて洞窟の中だって聞いてたから、これは何! ってびっくりした」
どうやら眠る前からのことを順番に思い出しているようだ。
「もう苦しくて苦しくて、どうしていいか分からなくて、苦しい、誰か助けてってそれだけだった。他のことは何も考えられなかった。そのうち頭がぼおっとしてきたんだけど、誰かが自分を呼べって声が聞こえてきた。それがトーヤの声だったんだけど、最初は誰かは分からなかったな。それで誰か助けてってもう一度言ったら、誰かじゃない俺を呼べって聞こえてきた。だけどそれでも誰かはまだ思い出せなかった」
ベルは自分が思い出せと言ったものの、聞いて思わず身が縮むのを感じていた。
「そうしたら、俺だトーヤだって聞こえてきて、トーヤ助けてって言いながら、トーヤに言われたことも思い出せたんだよ」
「トーヤが言ったこと?」
「うん。私に守り刀を渡した時にトーヤがこう言ったんだ」
『なんか化け物が襲ってきたらそいつにも遠慮なく突き立ててやれ。生き残るためにはなんでもやるんだ、いいな?』
「そう言われたことをぼんやり思い出して、一生懸命持ってる刀を引き出そうとしたんだ。もうその時にはトーヤも意識がなくなりかけていて、次にこう言われたことも思い出してた」
『もしもそうなったらおまえが助けてくれよな』
「それで私もトーヤを助けなきゃ、そう思って手が動いてたと思う。そしたら痛くてね」
「その刀で手を切ったんだっけ」
「うん、そう」
ベルの言葉にシャンタルが思い出しながら答える。
「痛かったと思うんだけど、正直、その時にはほとんど意識がなくなりかけてて、痛いと思ったことは覚えてるんだけど、痛みはほとんど覚えてない。そうしたらなんだか体が上に浮いたような気がした。それでトーヤに助けてって言ったら、トーヤが助けるって」
(トーヤ、助けて)
(シャンタル、助ける)
初めて2人の意識がつながった時だ。
「次に気がついたら水の上で、誰かに背中をすごく叩かれてて、それでもまだ苦しくて、ちゃんと息ができるようになって、はあっと思ったらすごく泣けてきて、大泣きしたのはよく覚えてる」
ダルが必死にシャンタルが飲んでいた水を吐かせたのだ。
「こ、こええ……」
ベルが握った両拳を口の前に持ってきて、肩をすくめながらそう言った。
「ご苦労さん」
トーヤが困ったように少し笑いながらそう言った。トーヤだって思い出したくもないことを、ベルに言われただけでそんな風に淡々と思い出すシャンタルには、どう反応していいか分からなかったからだ。
「それでだな、その時にその誰かがおまえを殺そうとしてる、そんな感じはあったか?」
「う~ん」
シャンタルはもう一度首を捻って考えてから、
「ううん、そんな意識は何も感じなかったと思う」
「そうか」
トーヤはシャンタルの答えに満足したように続けた。
「俺もだ。俺もあの時には誰の殺意も感じなかった。ってことは、その時にそいつは俺たちをどうこうしてやろうって考えはなかったってこった」
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