17 気がつく
「じゃあ、せっかくだからアベル君、一緒に神殿と検問所に付いてきてくれる?」
「へ?」
ベルは心底びっくりした。
(そんなことしたらバレちまうじゃねえかよ!)
いや、そもそもダルにもアベルがベルであることを明かすつもりでここに来たのだが、そんなバレ方していいものかどうか……
「そうだな、アベル、こんな機会もそうないだろうし、行っておいで」
「へ!」
今度はラデルにそう言われてまたびっくりだ。
「いい勉強になるよ、行っておいで」
「…………」
マルトの言葉にもうさすがに無言になったが、
「そう、だな……じゃあ行ってきます」
素直にそう言ってダルに付いていくことになった。
ダルとアベルがマルトの店から出て街の神殿に向かう。
神殿はリュセルスの中ほどにあるので、マルトの店からはやや北東に少しばかり歩くことになった。
「それで、トーヤは今どうしてるの?」
「へ?」
「嫌だなあ、ちゃんと気がついてたよ」
「えっ、いつから?」
「最初にラデルさんの後ろから挨拶した時から」
そう、ダルは気がついていてそれで知らん顔をしてたのだ。
「でもあそこで分かったって言うわけにもいかないじゃない? だから気づかない振りしてたんだよ。そしたらリルからの贈り物だって言うからさ、ああ、そういうことかと」
この見た目は人がいいだけにしか見えない漁師で月虹隊の隊長は、そういう芸当もできる人間だったのだ。
「いや、ごめん。気がついてないのかよって呆れてた」
ベルが素直にそう言うと、ダルは笑って、
「よくできてる変装だと思うよ、前の姿しか知らない人だったら気がつかないんじゃないかな。でも俺は素のままを知ってるからね。驚いたけどなんとかびっくりするのを我慢できた」
「そんなことできるなんて思わなかったよ。人が悪いなあ」
「そりゃ、あのトーヤに鍛えられたんだし、そのぐらいはね」
歩きながら、ただの軽口のように言って笑うダルに、ベルはしてやられたなと思った。
「ただの人がいいだけのおっさんだとばっかり思ってたよ」
「おっさんって」
そう言ってまた笑う。
「あ、ダル隊長、どうも」
「あ、こんにちは」
「隊長、こんにちは」
「こんにちは」
月虹隊はリュセルスの街では人気があるそうで、一緒に歩いていたら結構そうして声をかけられた。
「隊長の息子さん?」
「ちがうちがう、うちはまだこんな大きな子はいないよ。この子は家具職人さんのお弟子さんでね、リュセルスに来たばっかりだって聞いたから、それで散歩ついでにちょっと街の案内をね」
「なるほど、そうでしたか。坊主、がんばりなよ」
「ありがとうございます」
そうして何人かにも紹介されて挨拶したが、誰もベルが女の子とは気がついてはいないようだった。
そうして神殿に向かっていたが、
「なんだか街が落ち着かないね」
「そうなの?」
ベルはこの街の普段の姿をよくは知らない。ここに来た時には奥様の侍女として遠巻きに人に見られるという普通ではない状態であったし、シャンタルと旅の兄弟の振りをしてラデルの工房に行ったのは封鎖の鐘が鳴ってすぐ、街が大騒ぎの時だったからだ。
「うん、何かあったのかな。俺も最近はリルのところで少し大人しくしててあまりよく分かってないけどなんか変だ。といっても、さっきみたいにみんな普通に挨拶してくれてるから、そこまで大変なことがあったってわけでもないのかなあ」
そう言いながらもちょっと心配そうな顔で街を見渡すダルの顔は、月虹隊の隊長に見えてベルは少し感心した。
「隊長! って感じだよなあ」
「ん?」
「いや、そういう顔」
「え、そう? ありがとう」
そう言って照れくさそうに下を向くと、すでにいつものダルであった。
だがやはり二人共なぜ街がざわついているのかが気になる。
そうしてそこここの声に耳を傾けると大体がこんな内容であった。
「だからどうしても前国王陛下にお戻りいただかないと」
「知ってるか? 皇太子殿下が王座にお座りになってから山向こうの村では水が枯れて作物がだめになってるらしい」
「それって飢饉の前触れらしいぞ」
「おい、大丈夫なのかよ?」
「いや、大丈夫じゃないな」
「どうすりゃいいんだ?」
「一日も早く前国王様に戻っていただくしかない」
封鎖の外で「起きているらしい天変地異」と国王交代を結びつけた噂があちこちで流れている。
「それ、どうすりゃいいんだよ、だから」
「分からん」
「分からんっておまえ」
「宮へ訴えればいいんじゃないか?」
「宮へ?」
「ああ、シャンタルは国王の交代を良しとはなさっておられないとのことだ、だから宮から命令してもらえれば戻るんじゃないのか?」
「宮へなあ」
「どうやって宮へ訴えるんだよ」
「そりゃ宮と民をつなぐ存在があるだろう」
民たちが気づいたことがあるらしい。
「ああ」
「そういや、さっき向こうの方で月虹隊の隊長見かけたぞ」
「なに、どこだ」
ダルがベルに目配せし、神殿へ向かって足を速めた。
「月虹兵は確かに民と宮、憲兵と衛士をつなぐ存在ではあるけど、そんなことが役目とは思えない。それにもしも役目だとしても、今、君を連れてる状態で彼らにつかまるわけにはいかないからね」
「そうだな」
二人は急ぎ、なんとか民たちにつかまる前に神殿へと入れた。
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