18 つけられる
街の神殿はシャンタル宮の中の本家神殿よりは小さいが、それはそれなりに格式のあるしっかりとした神殿である。二人は受付の神官に訪問の趣旨を告げ、待合室のような小部屋に通された。
「シャンタル宮の神殿は王家の方や貴族の皆さんもいらっしゃるから、大部分のリュセルスの民はこちらにお参りに来ることが多いんだよ」
「ああ、そういやなんかそんな話聞いたな」
「どうしてもの時は宮の神殿に伺うけど、下手をすると長い時間待たされた上に後日もう一度ってこともあるからね。まあ大体は前もってお願いしておけばそういうことはないんだが、上の方々はいきなり思いついて来られることも多いから」
「偉い人ってのは勝手だよなあ」
「まあ偉い方は偉い方で色々と事情がおありなんだよ」
「そかなあ、わがままなだけじゃねえの?」
ベルがうっとおしそうにそう言うのにダルが困ったように笑う。
そうしていると用意ができたのか神官が二人を呼びにきた。
「ほら、中に入って祝福をいただくよアベル君」
「あいよ」
そうして月虹隊隊長と家具職人の弟子アベルは神殿の奥の正殿へと通された。
リュセルスの神殿の正殿は宮の神殿の正殿とはまた違っていた。
あちらは天井がガラスでできていて、そこから差し込む光が御祭神にあたってキラキラ輝いていたが、こちらの天井は建物の他の部分と一緒で石造りになっている。
ガラスは高価だ。アルディナでもこちらでも、庶民の家でも一部使わないことはないが、シャンタル宮やそこの神殿のようにふんだんに天井一面、壁一面に使えるようなものではない。せいぜい天井近くの一部に灯り取りに枠を切ってはめ込んであるぐらいだが、それも割れてしまうと修理代がなく、後は木の
リルの実家のオーサ商会には大きなガラス窓がいくつもあった。宮ほどではないが、どの窓もきれいに磨き上げられ、ひびが入ったり欠けたりしたガラスは1枚もなかった。さすがに大商人だけのことはある。
一方リルの今の家、マルトの雑貨店は一般の家とは違って道沿いの窓はガラスであるものの、目立たない場所に割れた欠片をはめ込んで紙か何かを貼ってある部位があった。そのぐらいで一枚替えるのはなかなか費用がかかるし、そのぐらいの傷なら直さずにいても店の信用に関わるようなことにはならないからだ。
同じくラデルの家具工房も同じようなもので、ベルたちが過ごしていた職人用の部屋にはガラスの窓はなく、やはり板戸で斜めに透かして外の光を入れるようになっていた。
そして何よりも違ったのが御祭神だ。
「奥様」と一緒に何度も通ったベルが見ていたあちらの御祭神はなんだか白くキラキラと光る石のような物が台座に据えられていたが、こちらでは木の板が祭壇の上に飾られているだけだ。
(なんか神殿は立派だけど神様本体は安っぽいな)
ベルは心の中でそう考えていた。
「こちらへどうぞ」
「はい」
神官に促されてダルがお守りを取り出した。
「友人から、封鎖で会えないカースにいるうちの子たちにとお守りをいただきました」
「おお、それはなんと素晴らしい。拝見しても?」
「はい、どうぞ」
神官は布に乗せられた5つの丸いかわいいお守りを目を細めて愛しそうに見た。
「これはこれは、なんとも可愛らしい。こんな物は今まで見たことがありません」
「そうなんです。実はそれ、ここにいるアベル君が友人に安産のお守りにとくれた小鳥の木彫りがあまりに可愛かったからと、その友人が発案して作ってもらった物なんです」
「そうなんですか。それはますます素晴らしい、良いお話を伺いました。そうなんですか、君が」
「どうも」
神官に優しい目で見られてベル、いやアベルが恐縮したように頭を下げた。
「家具職人のお弟子さんで、ここに来た途端に封鎖になったらしいです」
「ではここの出身の方ではないんですね」
「ええ、そうらしいです」
「えっと、馬車で5日ほどかかってここに来ました」
ベルが男の子らしく元気にそう答える。
「そうですか、遠いところからご立派です」
神官が頭を下げてベルにも祝福をしてくれた。
「では、お清めを」
「よろしくお願いいたします」
祭壇の前にあるテーブルのような台の上にお守りを起き、神官がその前でお祈りを唱え、念珠を軽く振って祝福のお清めは終わった。
「さあどうぞ」
「ありがとうございます」
ダルが幸せそうに微笑んでお守りを受け取った。
「では早速届けに行ってきます。アベル、行くよ」
「あの、お世話になりました」
ペコリと元気に頭を下げる姿にまた神官が優しく微笑んでくれた。
「お気をつけて」
見送られた二人が神殿から出て少し歩いたところで、
「つけられてる」
ベルが小さく言うと、
「うん、分かってる」
と、ダルも小さく答えた。
「ずっとなんだ、宮から出されてから」
「誰だか分かる?」
「いや、俺は知らない人だな」
「二人いるね」
「さすがだな」
ダルはベルがこの短時間に人数まで見抜いたことに驚く。
「おれを誰だと思ってんだよ、死神の仲間だぞ」
ベルが顔には出さずに得意そうにそうつぶやいた。
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