10 人となるために

「つまり、あんたと女神のマユリアではなんか条件が違う、それには『次代の神』ってのと、そうじゃない普通の神か? そういう違いがあるってことなんだよな?」


『そういうことなのかも知れませんね』


「なんだよ、たよんねえなあ」


 トーヤがふうっと軽く笑い、


「まあ、そうしょっちゅうあることじゃねえんだから、そういう感じなんじゃね?」


 ベルが女神をかばうようにそう言った。


「かも知れねえな」


 トーヤもそう返事をする。


 こうして会話をしていると、マユリアの顔をした慈悲の女神に、これまで慣れ親しんだ当代マユリアと話しているかのような錯覚も覚える。


「そんじゃ、ここまではこうだ。あんたの体を使って今のマユリアが生まれた。そうだよな?」


『その通りです』


「だけど、そうじゃない部分もある。そんで合ってるか?」


『その通りです』


「ほんっと、まどろっこしいよな……とっとこ一気に話せねえもんかね」


『そうして話しをしてしまうと、きっと理解しては貰えなかったでしょう』


「そうなのか?」


 トーヤが軽く眉間にシワを寄せた。


「でも今、そうして話そうとしてるってことは、もう十分に下準備が出来た、そういうこったな」


『そうであってくれれば、と思っています』


「ほれ、またそうして」


 トーヤがふうっと息を吐く。


「まあ、文句言ってもその分手間取るだけだ。続きを頼む」


『いいでしょう』


 マユリアの顔をしたシャンタルがゆっくりとそう答えた。


『わたくしとマユリアの違い、それはさきほどベルが申してくれた通りです』


「じだいのかみ、ってのと、えっと、普通の神様、でいいのか?」


『そうですね、そういたしましょう』


 慈悲の女神が優しい口調で童子にそう答えた。


「やっぱりマユリアにしか思えねえ……」


 童子の言葉にもう一度笑う。


『次代の神と普通の神、その違いはやはり生み出した者と生み出された者ということになるのでしょうか』


「またわけわからん……」


 ベルがうーんと頭を抱える。


『簡単に言えば、マユリアはわたくしから生まれた者と思っていただいていいかと思います。人の世で言う親と子のような関係です』


「なるほど、なんとなく分かった」


『マユリアはわたくしの子、そしてわたくしは光の子という関係と言えば分かっていただきやすいでしょうか』


「ああ、なるほどな」


 今度はアランだ。


「それでいくと光と闇が世界の子ってことですか?」


『そうですね、そういう関係と見ていただければ理解していただきやすいでしょう』


「わかりました」

「兄貴すげえな、普通の人なのに、いでっ!」


 アランの代理でトーヤが動きながら、


「つまり上下関係があるってこったな?」

 

 と尋ねた。


『そう簡単なことでもないのですが、そう思っていただくといいかも知れません』


「ってことは、一番上が世界、それが光と闇という子を生んで、あんたは光の子、光の仲間ってことになるのか」


『そうですね』


「そんで、マユリア、女神のマユリアはあんたの子、神様の種ってのが慈悲の神様の子として生まれた。そんでいいか?」


おおむねそのようなことでいいかと思います』


「概ねってのは大体そんでいいってことだな」


 一応トーヤが確認する。


『ええ、それでよろしいかと』


「つまり上になるほど強いってことか?」

「強いって、おまえ」

「いや、そうじゃねえの?」

「なるほどな、そういうことか」


『そう思っていただいていいかと思います』


「つまり、女神マユリアはそのまま人として生まれるのに、自分を生むことができる人間を探し出すだけで人になれた。だが、それより力が強いあんたが同じようにするのには、ラデル夫婦を探しただけでは足りなかった、そういうことだな?」


『その通りです』


「それでなんかの手を打った、その手のことを次は聞かせてくれるってこったな?」


『その通りです』


「一体どんな手を打った?」


『わたくしの身をそのまま人の身とすることは出来ませんでした』


「マユリアの時みたいに条件に合う人間がいなかったってことか?」


『いいえ』


 女神が美しい顔を曇らせ、ゆっくりと首を左右に振った。

 その様子はトーヤがよく知る当代マユリアと全く同じ。


「そりゃそうだよな」


 そう思ったトーヤの口から思わずそんな言葉がこぼれる。


『え?』


「いや、なんでもねえ」


 トーヤが薄く笑い、


「続けてくれ」


 と、言葉を止めさせたことを詫びた。


『条件は、どういう条件も合うということがありません。それは、トーヤはこのような言い方は気に入らぬと思うのでしょうが、格が違うからです』


 女神が少し気を遣うようにそう言った。


「色々説明してもらったからなんとなくは分かった。あんた、そのために色々手間かけてくれてんだもんな」


『ありがとう』


「前にも言ったが生まれがどうこうってのは、あんたにもどうすることもできねえ。次代の神ってのと普通の神はそんだけの違いがあるってこった」


『そう思ってもらうと助かります』


「うん、それでそのどうしようもないことを、あんたはどうやってか解決した。そういうこったな?」


『その通りです』


 女神は少し俯き、シャンタルの方に顔を向け、


『わたくしは世界がその身をそうしたように、自分の身を裂き、マユリアと黒のシャンタルに分けたのです』


 そう言った。

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