4 なぜ
「そのようなことではないか、とは思っていましたが」
キリエは感情をほぼ表さずにそうとだけ言った。
その口調からは呆れているのか、悲しんでいるのか、悔しく思っているのか、その気持ちを伺うことは全くできない。いつもの鋼鉄の侍女頭である。
「それで、あなたはどう答えたのです」
「はい」
ルギは軽く頭を下げてから続ける。
「それだけではなく、その前に色々なことを言っておりましたので、そこから」
「分かりました」
「まず、話はアランとディレン船長を拘束した、そこから始まりました。そのことを聞きたいとのことでしたが、職務ゆえ、話はできないと断りました」
「そうですか」
「そうしたところ、あの香炉の色を変えたのはセルマ様かも知れない、そのように」
ルギはキリエに神官長が話したことを順に語っていった。
自分が香炉からセルマと繋がったこと、セルマにどのように香炉と毒のある花のことを話し、セルマがどのような心持ちからキリエに香炉を届けることになったのか、一連のことを聞いた通りに。
「それで、今となっては確たる証拠はあの香炉と中で燃されたものだけだ、と」
「その通りですね」
キリエにもそれは分かっている。だからこそ、最初の事件はなかった、自分が不調であっただけと話をまとめようとしているのだ。
「ですが、香炉のことだけはなかったことにはできません。それでどうやってセルマを侍女頭にすると言うのでしょう」
「はい」
ルギがまた話を続ける。
「香炉のことはあくまでセルマ様の
この後、神官長はルギに「美しい国」「
――話すべきだ――
ルギの頭の中にはその思いがある。職務なら話すのが当然だ。話さなければならない。
だが……
「元々はキリエ様があの一行を引き入れたからこそ起こったこと、キリエ様の自業自得、そのことを断罪されて侍女頭の座を追われるより、自ら
話さなかった。
話せなかった。
なぜだ。
ルギは自分の心が自分で信じられずに困惑していた。
「そうして、私にセルマを後任に指名せよということですか」
「いえ、そこは」
一瞬の疑問はキリエの質問に
「神殿から指名をする、と。その、キリエ様は年齢のために判断力が衰えてあのような者たちを宮へと引き入れた、そのような者に侍女頭を任せてはおけないから、と」
ルギの言葉を聞いてキリエが軽く笑った。ルギは黙ったまま軽く頭を下げ、そして続ける。
「セルマ様が一時的に拘束されたのは冤罪ゆえ、無罪である。すべてのことはエリス様ご一行の仕業、それを明らかにして侍女頭の交代を済ませ、無事にシャンタルの交代を済ませたら、マユリアの国王陛下へのお輿入れを。そのすべては神殿が執り行う、これは決まったことなのだと」
キリエは特に何も感じていないように穏やかに聞いていたが、
「大変でしたね」
「その話はあなた一人のところでしたのですよね」
「はい、夜間に一人で面会を求めてきました」
「では、そんなことは言っていない、それを通されたらどうしようもありませんね」
「はい」
「セルマを動かしたのが神官長だとしても、何も証拠はない。今の証言も言っていないと通されたらそれまでのこと。参りましたね」
「はい」
「セルマのこと、香炉のこと以外はなかったこととします。ごく普通に一人の老女が体調を崩し、それに周囲の方たちが心配りをしてくださった、それだけのことです」
「はい」
「報告はそれで全部ですね?」
「あ、いえ」
「まだ何かあるのですか?」
「はい」
――話さねば――
ルギは言おうと思った、あの夢の話を。
だが……
「あの花のことですが、神官長とあの花を見たと申す神官にも話を聞きましたが、そのような話をした記憶があるようなないような、と。取るに足らない世間話として特に覚えてはいないようです。花の香りも、言われてみればよく匂っていたようにも思うし、変わらなかったようにも思う。花の中心部の黒い線に関しても、あったような気もするが、と。その鉢がなくなっているのかどうかすら分からないとのことでした」
「そうですか。本当にうまく動いていることです」
キリエが本当に小さく、ホッと息を吐いた。
また話さなかった。
また話せなかった。
なぜだ。
「トーヤたちが神殿の温室に入ったかどうかも、聞いても同じような返事しか返ってはこないでしょう」
「はい」
また話す機会を失う。
「ご苦労さまでした」
「いえ」
「セルマはミーヤといると少し落ち着いているようです。ミーヤは元の業務に戻しますが、しばらくの間はセルマの世話係も兼務させることとします」
「はい」
話が終わり、ルギはキリエの執務室から下がっていった。
「なぜだ」
どうしても言えなかったことに対する答えを見つけ出せないまま。
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