20 高みに咲く花
「当日についてのご質問などございませんようですので、本日はここまででよろしいでしょうか」
「ああ、構わぬ」
「ええ、それで構いません」
国王とマユリアが神官長の言葉に答え、ルギは黙って頭を下げた。
「それでは、後は当日の本番を待つばかりです。どうぞお体にお気をつけられて、その時までをお過ごしください」
神官長が丁寧に国王とマユリアに向けて頭を下げ、散会となる。
国王はマユリアと並んで神殿から出たそうな素振りをしたが、マユリアはそれには気づかぬように、ふいっとルギに顔を向け、
「ルギ、少し話したいことがあります、この後、時間ができたらわたくしの客室に来てください」
と、声をかけてから国王に向き直り、
「失礼いたします」
とだけ言うと、優雅に神殿から出て行ってしまった。その後ろにはルギが当然のように付き従っている。
国王は黙って出ていく二人を見送りながら、胸の中に嵐が吹き荒れる。
(一体どんな話なのだ……)
マユリアがルギと何かあるはずもないと思いながらも、二人きりで部屋にいると考えるだけで煮えくり返るほどの嫉妬心と怒りが湧き上がる。
以前はそうではなかった。ルギがマユリアの寵臣であり、信頼を得ている忠臣であると知っていた。父国王のように二人の仲を疑うような
(だが、今は……)
マユリアは美しすぎる。国王はそう考えてため息をつく。そして最近はさらにその美しさに磨きがかかったとでも言うのだろうか、以前よりももっともっと我が物にしたいと思う気持ちが強くなっている。
例えるならば、以前は高い山の上に咲く一輪の花であった。誰の手も届かず、清らかな空気の中で凛と咲く美しい花。その花を見上げてその美しさに心打たれながらも、手折ることなどできない、触れることすら罪であると知っていた。それが、いつからだろう、高みから
今すぐに手を伸ばし抱きすくめたい。そんな誘惑に国王は必死に耐えている。それはただただ、もしも今手を伸ばしたら全てを失う、そのことが分かっているからだ。最後の理性が感情を抑え、その日が来るまで耐えろと自分に命令をしているからだけのこと。
大多数の者にとっては今も、マユリアは高みに咲く花にしか過ぎない。それだけにあえて手を伸ばそうと思う気にもならない。もしも、そのように
八年前、多くの高位貴族や有力者などが、人に戻った後のマユリアをと望みながらも早々に手を引いたのは、国王と皇太子が争ったからだけではない。まるで星に手を伸ばすごとき振る舞いを思う時、本能的に天の怒りを恐れたからだ。
――神に手を伸ばすなどとんでもない――
故に争奪戦からいち早く引いた貴族などは、口では悔しいと言うものの、本心ではどこか安堵している様子であった。神に並ぶ国王と、次にその位置に就く皇太子以外は、横に並ぶことを考えるだけでも天罰を受ける気がしたからだ。だからマユリアを切望しながらも、あっさりと諦めることができたと言えるだろう。
国王は幼いあの日、マユリアに神を感じながらもほのかな恋心を抱いた。それは本当に清らかな想い。神だとて微笑みを浮かべる聖なる感情であった。
その気持ちはずっと変わることがなく、国への義務として皇后を
それが変化してきたのは父国王がマユリアをお望みだと聞いた時からだった。
聖なる女神を、清らかな花を、父の花園の中の一輪として手折る。そんなことは許せないと思った。それならば自分のこの想いを受け止めていただきたい。せめて本心からの愛情を向ける自分の物になっていただきたい。その想いから父に必死に抗ったが負けた。国王という唯一無二のその肩書に。
あの美しい花が父の穢れた手によって汚される。そう考えるだけで血の涙が流れるほどの苦痛を感じた。だが、天は父の振る舞いを許さなかった。聖なる花は今も高みに咲き続ける。そしてもうすぐ自分の手が届くのだ。
あくまで国王の気持ちは純粋にマユリアを恋し、崇めるものであったはず。それがいつからか変わった。おそらくそれは、父を力付くで退位させ、自分がその地位に就いた時からだ。
――マユリアと同じ高みに立った、横に並んだ――
その時、高みに咲く花は手の届く場所に咲く花となり、そして誘ってくるのを感じるようになった。
女神が魅力的な女性になり、その細腰を息ができぬほど抱きしめたいと、男としての欲望のこもった目でマユリアを見るようになった。
そのことに気づいた時、国王は自分が父と同じ場所に堕ちたようで
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