21 真の主
「あの、陛下、どうなさいました」
国王は神官長に声をかけられ、はっと現実に戻る。
「いや、なんでもない。では戻る、当日は頼んだぞ」
「はい」
神官長は低く低く腰を下げて国王を見送ると、ゆっくりと顔を上げて小さくつぶやいた。
「お父上に似てこられましたな。思いのままに成長なさいました。この様子ではきっと全てうまくいくことだろう。我が主、唯一の女神マユリアにもご満足いただけよう」
その顔にはうすく満足げな笑みが張り付いていた。
部屋から出たルギはマユリアを奥宮の入口まで見送ると、一度隊長室に戻ってから正式に面会の手続きを取り、マユリア付き侍女の迎えを待ってからマユリアの客室へと向かった。
「固苦しいことをせずともよいものを」
マユリアは侍女を下がらせると、楽しそうに笑いながらそう言った。
「いえ、お待たせする可能性もありましたので」
「それならばおまえが来るまで待っていましたよ」
「そういうわけには参りません」
ルギは正式の礼をしてそう言う。
「頭をお上げなさい。本当に相変わらず
「だとしても、マユリアをお待たせするわけには参りません。このような時なのでなおさら」
「言われてみればそうですね、そのような時でしたね」
マユリアは笑顔を真顔に戻してそう答える。そう、こんな時だ。もう数日でマユリアは王家の一員となり、その後は人に戻ることになっている。
「それで、お話とは」
「トーヤたちのことです。何か分かりましたか?」
「いえ」
「そうですか」
マユリア、当代の中にいる女神マユリアはトーヤと先代はきっとこの宮の中にいると確信を持っていた。だが
(一度は手にしたと思ったのに。そしてその力を我が物にしてこうして表に出ることができたのに)
今の自分には、もしも目の前にトーヤが現れたとしても見つけることはできないだろう。それだけの守りをかけられているのだ。では、見つけるには人の目に頼るしかない。それにはルギの目を借りるのが一番確実だろうと考え、居場所を見つけるようにと命じてある。それなのに一向に見つかる気配がない。
「もしかして、宮の中に戻っている、ということはありませんか?」
焦りの気持ちからついそう尋ねてしまう。
「宮の中にですか。いえ、その形跡はありませんでした」
いや、いるのだ。トーヤも黒のシャンタルも、その仲間たちも。そうは思うのだが、ルギにそのことを伝えられないことがもどかしい。
「ご心配なさらずとも、きっとトーヤは約束を守るために宮へやって参ります。マユリアをお助けするために」
それでは遅いのだ。その前に手を打たねばならない、黒のシャンタルの何にも染まらぬ力を手に入れるために。
マユリアはルギから目をそらし、少し考え込む。
ルギの忠義心の強さも深さもよく知っている。何があろうと決してマユリアを裏切ることはないだろう。
(だがそれは、当代への忠心)
女神マユリアも気づいていた。その心が自分へ向けてのものではないということを。
(なんとも理不尽な)
マユリアとは本来自分のことだ。自分の魂を受け入れているからこそ、代々のマユリアはマユリアと呼ばれ、
(外の人だけではただの人でしかないというのに)
だが今回、当代マユリアに関してだけはそれは違う。当代の肉体は女神シャンタルの半身だ。ただの人とは言い兼ねる。
(だがそれでも、今は人。この肉体を永遠のものとするために、そして守りの剣であるルギをも永遠のものとするためには黒のシャンタルの力を全て我が物にしなくてはならない)
そのためにも、婚姻の儀の前にトーヤたちを確保する必要がある。
本当のことを言うわけにはいかない。もしも自分がルギが命を、剣を捧げたマユリアではないと知ったら、きっとルギは自分の主を取り戻そうとするはずだ。自分の
今はまだ当代は自分の中にいる。だが、時が経てばやがて同化し、完全に一人となるだろう。その時までルギには知られるわけにはいかない。自分がルギの真の主となるまでは。
マユリアはどう言えばいいのかを考え、そして口にした。
「先代は、わたくしの夢を叶えてくれるとおっしゃいました」
ルギには初めての話であった。
「あの日、あの薬を飲まれる前にそうおっしゃったのです。交代の日までには必ず戻る、そしてわたくしの夢を叶えてくれると」
「マユリアの夢」
以前、ルギも尋ねたことがある。マユリアの夢とは何かを。そして本当のことを話してはもらえなかったことは、見えぬほどではあるが小さな傷となってルギの心を突き刺した。
「ええ、今のわたくしの夢はこの国のこの先のことです」
マユリアはゆっくりとルギを向き直り、正面からその目を見つめてさらにこう言った。
「美しい夢を見たのです。この国が永遠に続く夢を。そしてその
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