5 隊長の役目

「なんか、言いたいことあるんじゃねえのか?」

「え?」

「言いたいことがあるなら後で聞くって言っただろ?」

「あ……」


 ミーヤはさっきトーヤとアランにそう言われたことを思い出した。


「あの……」

「うん、なんだ」


 思いをどう形にしたものか。

 ミーヤは少し考えて、そして思っていることを順番に伝えていくことにした。


「あの、やっぱり私には、マユリアがそんなことになっていらっしゃるなんて信じられません」

「そうか」

「そうでしょうね」


 トーヤもアランもミーヤの言葉を受け入れてくれた。


「その、マユリアの中に何かか誰かがいて、そこからシャンタルやトーヤにそんなことをしてくるなんて、そんなことが可能なんでしょうか」

「ああ、可能だ」


 あっさりとトーヤが肯定する。


「そんなことができるとは、とても思えないんですが」

「いや、できるさ、あんたもそれはよく分かってるはずだ」

「え?」


 そう言われてもやはりそんなことができる人間がいるなどとは、ミーヤはそう考えていて、


「あ」


 思い出した。


「思い出したか」

「ええ」


 そうだった。いるのだ、そういうことができる存在が。


「当代の託宣。誰かがマユリアに同じことをしている可能性、ないと思うか?」


 トーヤがずばりと聞く。


「いえ……」


 そのことを思い出してしまっては、ないとはとても言えなかった。


「そんだけじゃない、あんたは侍女だから、もっと俺らよりそのことをよく知ってるはずだ」

「そうでしたね……」


 あの時、あの不思議な空間で光の言うことをミーヤたち侍女は頭ではなく心で納得していた。


「マユリアの海でお眠りになっていらっしゃるマユリアと、宮にいらっしゃるマユリア、そして神であられるマユリアと人でいらっしゃるマユリアが同じでいらっしゃる、そのことですね」

「ああ、そうだ」


 それが理解できるということは、今のマユリアの中にまだ他に誰かがいてもおかしくはないということも理解できるはずだ。


「そうなんですが」

「納得したくない、ってか?」

「ええ、そのようです」


 ミーヤに答えにトーヤが笑う。


「何がおかしいのでしょう」

「いや、すまん、素直だなと思ってな」

「まあ!」

「変わんねえよな、そういうとこ」

「今は、そういうことを言ってる場合では」

「そうそう、違います」

 

 アランがずばっと割って入った。


「とりあえずまとめますけど、ミーヤさんはマユリアの中に入ってるのが女神のシャンタルや女神マユリアなら分かるけど、シャンタルやトーヤに悪さをするようなやつが入るのは信じられない、そういうことでいいですよね」

「そう、なのでしょうか……」

「まあ、そういうことだろうな」


 ミーヤもトーヤもアランにまとめられて短くそう答えた。


「なんで悪さをする人は入れないって思うんです?」

「なんでと言われても」

「単に認めたくないんですよ、そんな良くないものをマユリアが受け入れたってことが」

「そうなんでしょうか」

「そうじゃないですか?」


 アランはとんとんと隊長モードで話を進める。


「話を進めますが、そうなんですよ。ミーヤさんはマユリアに入ってるものが清らかなら認めるが、そうじゃなければ認めない、そう思ってる。だけど、相手が清らかでもそうじゃなくても、マユリアより強かったら入れる可能性はあるんです」

「なんか、容赦ねえな隊長」


 ミーヤに考える隙も与えず話を進めていくアランに、トーヤが目を丸くする。


「まあな」


 ほっといたらこいつら何回も同じこと繰り返すに違いない、とっとと無視して話を進めるに限るとの気持ちからだ。


「普通の人間なら、そんなことあるものかって思うかも知れないけど、もうミーヤさんも知ってしまってるでしょ、そういうことが実際にあるんだって。だから認めてください。その上で、それが誰なのか、それをどうすればいいのかを考えましょう」

「はい……」


 一区切りついた。


「でも」


 その上でミーヤが疑問を口にする。


「なんですか」

「マユリアはそのことに気がついていらっしゃると思いますか? その、それが本当だとして」

「ああ」

「気がついてねえかもな」

「気がつかれずにそのようなこと、できるんでしょうか」

「できるんすよね……」


 さっきまで隊長モードだったアランが一気に萎れる。


「気がつかないんすよねえ……」


 シャンタルに入られた時のことを思い出したようだ。


「そうだったな」


 トーヤが思い出して気の毒そうな顔になる。


「そうでしたね」


 ミーヤも気の毒そうな顔になる。


 当代に次代様誕生の託宣をさせるために、アランはその実験台になった。後にシャンタルがそうやって誰かの中に入ることがどういうことかを語った時、


「同じ草原に立っていて同じ物を見ているような感じ」


 だと言った。

 

 ラーラ様もマユリアも、そうして自分が見ているものを全てシャンタルに見せてくれていた。


「見せたくないものだけは箱の中に入れて」


 そうしてシャンタルに見せてはいけないもの、見られなくないものだけは封印をしてだが。


「俺も最初にシャンタルが入るって宣言してたから分かったけど、当代の託宣の時みたいにそっと入ってきたら、分からないと思いますよ」

「さすがアラン隊長だ」


 萎れても必要な役目を果たすアランにトーヤが感心してそう言った。

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