5 かりそめの主
「トーヤの言う通りだ。そんで、おまえがキリエさんにやってあげられるのは、立派な敵でいること、それだけだ。おまえが変にへこんで妙な失敗してみろ、キリエさんがっかりするぞ」
アランもそう言ってベルを慰める。
「変なの、敵になるのがいいことだなんて……」
ベルは歯を食いしばって涙をこらえているようだ。
「そうだな、変だな。けどな、あの光の神様が言ったことをキリエさんに話すわけにはいかねえんだから、知ってることの範囲で動いてもらうしかない。これは分かるよな」
「わかるよ、けどさ、じゃあなんで言ったらいけないんだ? キリエさんが大事にしてるそのマユリアはあのマユリアじゃない、悪くなった女神のマユリアだって言ったらもっとなんとかなるんじゃねえの?」
「それ言って、あのキリエさんがそれじゃあってマユリアの敵になると思うか?」
とても思えなかった。なぜなら、キリエが仕えているのはマユリアの外の人ではなく、本来は中の人なのだ。外の肉体はあくまで中にいらっしゃるマユリアがこの人の世で生きるために人から借りているだけのものだからだ。
「だから、言ってみりゃ、今初めてキリエさんは本当の主に直接仕えてることになんだよ」
アランがトーヤの後に続けて話をまとめる。
「本当のあるじ……」
「おまえが認めたくなくてもな、それが真実なんだ」
「じゃあ、おれらが知ってるあのマユリアは?」
「
シャンタルが口にする。
「私もマユリアもね、中に神様が入ってるからこの世で神様でいられるわけで、本当の神様ではないんだよ」
「けどさ、シャンタルもマユリアも魂も体も神様じゃん! だったらそっちが本当のあるじでもいいよな?」
「それでも、私もマユリアも時が来れば人としての生を終えて、この体も骨になって土になって最後はチリになって消えるんだよ」
シャンタルの言葉にベルが凍りつく。
「びっくりした? でも本当なんだよ。人は、みんないつかそうやってこの世からいなくなる。もちろんトーヤだってアランだってベルだって、ミーヤもアーダも。だから童子は、神ではなく人になることを選んでくれた童子の気持ちは尊いんだよ」
ベルは自分の魂の種が選んだという道がどういう道なのかを、今初めて理解できた気がした。
「だからね、いくら元が神様からできていても、私もマユリアも、そして童子であるベルも、フェイも同じ人なんだよ」
「フェイ……」
その名を出されるとさらによく分かる。今はもう墓地で眠るフェイ、幼いうちに人の生を終えたフェイ。神ではなく人であることを選んだから、今は人であった者としてあそこで眠っているのだ。
「ね、どんな人も最後はそうして思い出になるしかない、そしてその思い出を持ってくれている間は思い出としてこの世に残ることができるけど、思い出してくれる人がいなくなったら、もう何も残らない。消えてしまうんだ。でも神は違う、おそらくはこの世の終わりまで神は神なんだ。だから、本当は侍女であるミーヤもアーダも、私たちではなくそっちの主につかないといけないかも知れないんだよね、今初めて気がついたけど。ねえ、どうする?」
「シャンタル!」
シャンタルの言葉にベルが思わずそう声を上げ、二人の侍女が身を硬くする。
「これまでは同じ道を進むものだと勝手に思ってたけど、今はそうじゃないって分かってしまった。だから、侍女である二人には厳しいようだけど、一度聞いておかないといけないと思う。ねえ、どうかな?」
シャンタルはトーヤとアランに向けてそう続けた。トーヤとアランも思っていなかったことですぐに返事をすることはできない。
重苦しい沈黙が部屋の中にたまる。静かに
(ミーヤと敵対する、そんな可能性があるのか?)
考えてもみたことがなかった。キリエが道を
「いいえ、私はそうは思いません」
ミーヤがトーヤの迷いを断ち切るようにきっぱりと言った。
「今のマユリア、神であるマユリアは本当のマユリアではいらっしゃらない。誤った道を進もうとされている主に従うことがしもべのやることでしょうか? 主が間違えた時、命をかけてでもその間違いを正そうとする、それこそが私たちの侍女のやるべきことだと思います」
違う種類の沈黙が澱を払う。それほど毅然としたミーヤの態度だった。
「あの、私もそう思います」
気の弱いアーダも力を振り絞ったように続く。
「もしも、本当のことを知らなかったら、自分の役割について迷っていたかも知れません。ですが、今は知ってしまいました。そしてもしかしたら、こんな小さな存在の私にも何か役割があるのかも知れない。そう思った今は、ミーヤ様と同じ、道をおはずれになった主をおいさめするのも侍女の役目であると私も思います」
一気にそう言い終わると、アーダは胸を押さえて二つ、三つ、大きく息をした。
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